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教育を変えると、世の中が5年で変わる。21世紀の義務教育と大学の役割

日本も北欧型の教育に舵を切る必要がある


これまで述べてきたことを整理します。図-32を見ていただきたい。
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国、地方、学校、親(家庭)の四つの単位で、
 21世紀型の教育に大きく舵を切る必要があります。
日本、シンガポール、イギリス、フィンランド、ドイツ、スイス、米国とありますが、
 パーフェクトな制度を持つ国はありません。

かつて日本の教育は、
 工業化社会をつくるという目標を達成することに成功しました。
では、これから先どうすべきか。
今後は確実に少子化、人口減少が進みますから、
 北欧型に舵を切ることが必要です。
すべては無理でも、
 少なくとも教育の一部は、
 文科省の全国一律の指導要領から自由にすることが望ましいでしょう。


社会性のある人間をつくる


21世紀の教育が目指すべき方向ははっきりしています。
 「社会性のある人間をつくる」
 「食べていく手段を身につけさせる」の2点です。

前者は義務教育、
後者は大学の役割です。

そのために、
 義務教育を高校まで延長し、
 優れた人材にはメンター、ファシリテーターをつける。
大学は職業訓練学校だと割り切り、
 場合によっては自治体や企業と組んで、
 デュアルシステムを導入することが有効ではないかと思います(図-33)。

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教育が変われば世の中が変わる


まずは日本全体で、
 国の人材力・国力の低下に対する危機意識を持つことが必要です。
人材は、国力を高める上で一番大きな武器になりますから、
 日本も生き残りをかけて、
 人材育成・教育に正面から取り組まなければなりません。

教育システムを変えると、
 世の中は5年で変わります。

親が変わり、企業も変わります。
「20年かかる」と言う人もいますが、
 私が見た韓国、フィンランド、デンマークは5年で大きく変わっています。
小手先の改革ではなく、
 本質的な考え方を変えることで、
 新たな価値観が社会全体に広がっていくはずです(図-34)。



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学校を自由に選択できる「教育バウチャー制」


最後に、
 日本の教育を改革する上で、
 政府、個人、企業がどうすべきか、
 それぞれまとめておきます。


まず政府は、
 教育の目的をはっきりさせる。
「世界のどこでも通用する人材」を育てることを目指し、
 義務教育は社会人の育成、
 大学は世界のどこでも稼ぐことができる能力の習得を最終目標とします。

「教育バウチャー制」を導入し、
 親に教育バウチャー
 (使用目的を教育に限定した引換券)を交付して、
 親が自由に学校を選択できるようにします。
現行の制度のように、
 文科省が学校に定額の交付金を出すのではなく、
 学校を競争にさらすのです。
中学・高校の教育費に、
 日本は1人につきおよそ70万円かけていますから、
 70万円分のクーポンを最初から親に与えます。
学校は
 集まったクーポンの額に応じた
 補助金を受け取る仕組みにすれば、
 選ばれなければ学校経営が成り立たないため、
 一気に改革が進むと思います。


親が教育の主導権を握る


その上で個人としては、
やはり親が
 教育の主導権を握ることが大切です。

学習指導要領のエージェントと化した先生、
 学校に任せきりで、
 子供が家に帰ってきたら
 「宿題やりなさい」などと言っているようでは駄目です。

学校の先生の言いなりになるのではなく、
子供に責任感、
 社会性、思いやりなどを教えながら、
 適性を見きわめてテーラーメイドの教育をすることが、
 子供の能力を引き出すことにつながります。



採用するなら30±2歳まで

企業も新卒一括採用をやめる。
1人ずつ個別採用で、
 30±2歳くらい、28~32歳の人を採るのです。
給料も個別に決めます。
大学を出たばかりで実務遂行能力のない新卒を採ると、
 社会に順化させるために6年間は投資が必要になります。
私の経験則から言って、
 だいたい28歳以上で、
 社会人としての基本が身についた人材を採用するのがいいでしょう。
逆に、32歳を過ぎた人材は
 前の会社で10年働いているので、
 良くも悪くも前の会社の色に染まってしまっている。
ということで、
 30±2歳というのが、
 私の見つけ出したゴールデンルールです。
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日本企業が世代交代で失速する理由

日本には「学び直し」の場がない

次に、世界の「社会人教育」の現状を見ていきましょう。
世界では、社会人になってから、
 大学や大学院で学び直す人が非常に多いです。
図-29を見ていただきたい。
再教育をするために高等教育機関に戻ってくる社会人の割合が、
 OECDの平均では全体の20.4%です。
日本はわずか3.1%。OECDの中でもずば抜けて低い数字です。

理由は二つあります。
一つは、そもそも「学び直し」という概念が一般的でない。
勉強は学校でするもの、学校を卒業したら勉強は終わりだと考えている人が多いのです。
本来、勉強は一生続けていくものです。
卒業から5年、10年と時間が経てば、
 新しいこと、学ぶべきことがたくさん出てくるはずです。
米国には、学び直しのためにもう一度マスターコースに行く、
 働きながら時間をつくってドクターコースに行くという人がたくさんいます。

二つ目の理由は、
 「戻る価値のある大学・大学院がない」ということです。
20年前と同じ講義をする教授の話を聴いても実りはありません。
めまぐるしく環境が変化し続ける21世紀において、
 学び直しのモチベーションがない、
 その場所もないということは由々しき問題です。

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日本型採用・人事制度の問題点

そもそも日本企業では、
 人材の採用、教育、幹部選別方法に問題があります。

新卒一括で採用し、中途採用は外様扱い。
年功序列で昇進し、
 花形部門から社長を選抜するという
 従来のやり方を続けている企業が非常に多いです。
このような方法では、
 社員が自ら学ぼうという
 イニシアティブが働きにくくなります。


世界に目を向けると、
 グローバル企業は採用方式や幹部候補の選別方法を大きく変えています。
世界中どこで採用した人間も、国籍に拘わらず社長までの距離は同じです。
能力を見きわめて幹部候補生を選び、彼らを集中的に教育・評価する。
最終的は4、5人に絞って後継者を決めていきます(図-30)。

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世界の一流企業の人材採用の仕組み

図-31、世界の一流企業の人材採用と、
 人事ファイルの仕組みを見ていただきたい。
そもそも一括採用という仕組みはないので、
 その都度個別に採用します。
どういう人材を採るか、
 決めるのは社長です。

人事部任せにせず、
 社長が自ら用意した質問を基に、面接官が面接を実施します。

面接のノウハウもデータベース化します。
採用後5年、10年経つと、
 パフォーマンスがいい人材、
 そうではない人材が分かります。


いい人材を採用した面接官と、
 そうではない面接官を比較し、
 データベース化することで、
採用に向いている人間と、
 向いてない人間が分かります(図-31)。


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GEとIBMの後継者選定方法とは?

幹部候補者を選定する際に、
たとえばGEやIBMでは、
 まず10万人の中から200人ほどを選びます。
米国にある世界トップレベルのリーダー育成機関「クロトンビル」で
 彼らに徹底的な教育をして、
 最終的に5人くらいの後継者候補を選定します。
その後、候補者にそれぞれ違うタスクを与えます。
その結果、一番顕著な業績をあげた人間、
 GEならGEの将来的な課題を解決するのに最適な人間を選ぶのです。
選ばれなかった候補者も、まったく心配ありません。
これだけの競争に生き残った人間は、
 米国中の会社で高給待遇を受けられます。

2001年、
GEの天才経営者だったジャック・ウェルチ は、
 ジェフ・イメルト を次のCEOに選びました。
伝説と呼ばれた経営者の後、
 GEほどの巨大企業を
 リードしていくのはさぞかし大変だろうと思われましたが、
 ふたを開けてみれば、
 イメルトは大きな改革を成し遂げ、
 ウェルチよりも業績を伸ばしています。


それから、
IBM中興の祖、ルイス・ガースナー の後を引き継いで、
 2002年にCEOに就任したサミュエル・パルミサーノ も、
 問題なく業績を伸ばしました。
企業トップが
 人事にコミットするという後継者選びの仕組みが作り上げられているからこそ、
 経営者が変わっても、継続的な成功が可能になるので



日本企業の「シャープ現象」
日本では、
 優れた経営者のいる大企業ほど
 「アラブの春」化しやすいのです。


どういうことかと言うと、
 リビアにしてもエジプトにしても、
 独裁者を追放したのはいいけれど、
 その後の指導者が現れず、組織ができない


同様に、
カリスマ経営者が退いた後、
 後継者に恵まれず勢いを失っていく会社が多いのです。


パナソニック、シャープ、
 どこもこのような状況です。

私はこれを
 「シャープ現象」と呼んでいます。

GEやIBMのような
 後継者選定システムがあれば、
 このような事態は起こらないのですが。

日本の場合、
 優れた経営者が会社をつくっても、
 肝心の人事制度、
 後継者選定制度が整っていないことが多い。
幹部候補者が5人いるなどという
 贅沢は望むべくもありません。
それどころか、
 日本の大手電機メーカーの多くは内輪もめを抱えています。
東芝も、NECも富士通もそうです。
中には訴訟に至るケースもあります。
外の敵が強すぎるので、内ゲバが始まる。
学生運動の末期と同じです。
そのために、
 経営者は、
 自分の寝首をかかないだろうと思う人間を後継者に選んでしまう。
これでは、
 世代交代はうまくいきません。
グローバル企業のような仕組みを整えなければ、
 日本企業は「シャープ現象」から抜け出せません。

「講義型から対話型へ。世界で活躍する人材を育てる『考える教育』」

幼稚園から起業家を養成するフィンランド

ここまでアジアの「教える」教育について述べてきましたが、
 対する「考える」教育とはどのようなものか。

北欧の例を見ていきます。
フィンランドでは、
 1990年代の経済危機の際、
 人口550万人に満たない小さな国に閉じ込められていたら自分たちの将来はない、
 世界で活躍できる人材を育てようということで、
 この「考える」教育に舵を切りました(図-24)。

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優秀な企業を増やしていくために、
 幼稚園から「起業家養成コース」を設けています。
具体的に何をするのかというと、
 幼稚園児を連れて青果店に行きます。
そして、
店のおじさんがどうやってお金を稼いでいるのかを
 考えさせるのです。


仕入れをし、
 その代金を払う。
お客さんが来て、
 野菜を買う。

そういった一連の過程を実際に見て、
 
「売れ残った野菜が棚の上で腐ってしまえば、
 このお父さんと家族は食べていけないですね。
 では、
 どうすればいいでしょう?」


という議論をするのです。
損が出ないように
 青果店を経営していく方法を
 考える教育です。


次の機会には
 
果物店に行って、
 儲けが出る方法を
 自分で一から組み立ててごらん
 という課題を出します。


お金を稼ぐというのはどういうことか、
 商売の仕組みはどうなっているかという
 答えのない問いを、
 みんなで議論してじっくり考えるのです。



「教える」教育と「考える」教育

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図-25は、
「教える」教育と
 「考える」教育の
 違いを図説したものです。


左側の「教える」教育では、
 「2+3はいくつ? 答えは5です。
分かりましたね」と先生が生徒に教えます。
正解なら○、間違っていれば×です。

一方、
右側の「考える」教育では、
 〇も×もないのです。
「5とは何だろう? 
 リンゴが5つあったらどう分ける?」と、
 そもそも問いの立て方が違う。
0+5でもいいですし、
3+2でも、
いくつ答えがあってもいい。

目的によって
 議論の方向性も、
 答えも変わってきます。
それをクラスでディスカッションするのが
 「考える」教育です。


「考える」教育は記憶に残りやすい
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「考える」教育は、
 思い付きで導入されたわけではなく、
 科学的根拠があります。


図-26を見ていただきたい。
学習方法によって、
 人間の記憶率がどう変化するかを表しています。
講義を受けた人の平均記憶率は5%、
読んだものは10%、
視聴覚教材を取り入れると20%、
実験機材などを使うと30%。
ここまでが、通常の日本の教育です。

一方、
北欧の「考える」教育は
 図の下半分が中心です。

グループ討論の平均記憶率は50%。

「青果店に行った」「果物店に行った」など、
 体験を通じた学習が75%。

「君はもう分かっているようだから、
 この人に教えてあげて」と他人に教えると、
 記憶は90%残ります。


つまり科学的に、
 「考える」教育は記憶が残りやすいのです。


この図を見ると、
日本の教育方法の欠陥が一目瞭然です。
日本では試験の〇×によって偏差値が決まり、
 人生が決まってしまうため、
 必死で暗記をするわけですが、
 記憶が定着しない学習方法ばかりですから、
 試験が終わると同時に記憶が消えてしまいます。


北欧がなぜ「考える」教育にシフトしたか、
 もうお分かりいただけたと思います。


教えない、「考える」教育によって、
 試験のためだけではない、
 実際に役立つ知識が身に付くのです。


ティーチャーからファシリテーターへ

「考える」教育においては、
 教師の役割も変わります。
デンマークでは
 “Teach”という言葉を教室で禁じました。

答えがあるからTeachするわけで、
答えがないときにTeachすることはできません。

Teacherという言葉、
 Teachという概念を否定するところからスタートしたのです。
その考え方で言うなら、

日本語の「先生」という言葉も適切ではありません。
先に生まれたというだけで、
 教える力があるとは限らないですから。


30人の生徒がいるとすれば、
 30通りの答えがあっていいのです。
答えのない問いに対し、
 それぞれの考え方を理解し、
 話し合いの中でいかに合意を形成していくか。


つまり
 「講義型ティーチング」から
 「対話型ファシリテーション」
 への発想の転換です(図-27)。


チームで答えを導き出し、
 一つに絞って実行する。

このような教育が、
 フィンランド、デンマークを筆頭に北欧に行き渡ったということです。

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スウェーデンの改革はなぜ失敗したか


スウェーデンはこの改革をさらに進めて、
 教育権を地方自治体や個々の私立学校に移しました。
ところが、
 貧しい地方ではこれがうまくいかず、
 教育の質にも大きな差が生じて、
 前述のPISAでも大幅に順位を下げてしまいました(図-28の左側)。

また、
スウェーデンの公立学校は授業料がかからなかったのですが、
 図-28の右側にあるように、
 個人の選択の幅を広げるという名目で私立学校を導入しました。
この結果、
 富裕層の子供が都市部のフリースクールを選択するようになり、
 教育格差が広がってしまった。

特に数学などの科目では、
 親の学歴が低いほど子の学力が低いという相関関係があります。
スウェーデンの例からは、
 改革を進めると同時に国家が最低限の水準を保障することの重要性が分かります。

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「教える」から「考える」へー答えなき時代の教育トレンドー

2016年12月7日
今、日本の「教育」が行き詰まっている。
日本の高度成長を支えた、「正解」をいかに早く覚え、
 再現するかという従来の教育は、
 「答えのない時代」を迎えた今、うまくいかなくなった。
日本の国際競争力を高める人材を育成する上で、
 障害となっているものは何か。
21世紀の教育が目指すべき方向は何か。

世界からトップクラスの人材が集まる 米国、
職業訓練を重視した ドイツ、フィンランドの 「考える教育」

特色ある教育制度を取り入れている先進国の最新動向から、
 日本の教育改革の方向性を導き出す。

大前研一 日本の未来を考える6つの特別講義

¥2,200

大前研一が主宰する企業経営者向け講義を約400ページというボリュームで書籍化。
経営層のみが参加できる特別な講義で語った、
 「人口減少」
 「地方消滅」
 「エネルギー戦略」
 「教育」

…という避けて通れない「問題」とその「解決策」に迫る。
各種メディア・シンクタンクによる調査データに加え、
 自身の海外視察を含めた独自ソースから読み解く
「日本の問題」とは何か?


高度成長期の教育は「大量生産型」
今、日本の国家戦略を考える上で
 一番大切な問題は「教育」です。
世界に通用する人材をいかに育てるか。
その意味で、
 日本の教育は、大きな問題を抱えています。

明治時代、日本は欧米との国力の差を埋めるために、
 文明開化、富国強兵の旗印の下、教育に力を入れました。
当時の日本は非常にオープンで、
 “Boys,be ambitious”で知られるウィリアム・スミス・クラーク博士 など
 外国人をどんどん招聘し、
 日本の外からいいものを取り入れようとしました。

第二次世界大戦後はスローガンを変え、
 工業国として加工貿易で発展していくことを目指しました。
これに伴い、教育方針も大きく変わりました。
クオリティの高い人材を一斉に育て産業界に提供する、
 いわば「大量生産型」です

このやり方が大成功して、日本は世界第二の工業国家になりました。

米国のように「個」を重視する教育をしていたら、
 これほど効率よく「工業国家日本」を築くことはできなかったでしょう。




従来型教育では新興国に勝てない

大量生産型」教育の特徴
 どこか別の国、
 他の誰かが既に出している「答え」をいかに早く覚え、
 再現するかに重きを置いているということです。

コストを下げ、
 スピードを速くするための創意工夫をして、
 誰よりも早く、いい製品を作って安く売るというビジネスモデルは、
 この教育から生まれました。

「答えが分かっている」人材をたくさん育てるために、
 全国どこへ行っても同じような教育が受けられる
 「学習指導要領」というものを作りました。
このやり方がうまくいったので、
 「拍手喝采!アンコール!」と言って同じ曲を何度も繰り返すところが、
 当時の文部省の浅はかさです。

21世紀に入って世の中は変わりました。
従来型の教育では、
 国の競争力を高める人材を
 育てることができなくなっています。


世の中がどう変わったか

二つの点で大きな変化が起こっています。
一つは、
 「大量生産型」の教育に取り組む巨大新興国が増えてきたことです。

 たとえば中国の人口は日本の10倍以上。
 大学生だけで、年間およそ700万人の人材を育成しています。
 同じく日本の10倍の人口を擁するインドも、
  非常に優秀なプログラマーを多数輩出しています。
 このタイプの人材育成において、
  日本は数の上で、到底巨大新興国にかなわない。
 もしかしたら、質でもかなわないかもしれません。

 従来の日本の得意技を続けても先がない。
 こういう時代になっているにも拘わらず、
  最初のやり方がうまくいき過ぎたために、
  なかなか方向性を変えることができない。
 そうこうしているうちに新興国に抜かれてしまうという
  「イノベーターズ・ジレンマ 」のような状況に陥っています。


21世紀の先進国に合った教育とは?

二つ目の変化は、
 「先生の無力化」です。

学習指導要領に基づいて、
 全国一律に同じ教育を提供するというシステムの下、
 先生は学習指導要領の伝達者、エージェントになってしまった。
これはもう、
 牧師さんと同じです。

2000年前に書かれた聖書を開いて、
 「マタイ伝4章の3節を読ませていただきます」と講釈する。
日本の先生の仕事も、本質的にはこれと変わりません。

21世紀の先進国に求められるのは、
 牧師で言えば、
自分が宗教をつくるとしたら
 どのような教義にするかというところまで考えられる人材です。

新たな付加価値を創り出す人材を何人抱えているかによって、
 国家の力が決まる時代になっているのです。
そして、クリエイティブな人材は、
 「大量生産型」の教育では生み出すことができません。

たとえば今、
自分がイエス・キリストに生まれ変わったら何を言うか。
モハメッドになって再びこの世に降臨してきたとして、
 1500年前に自身が説いた教えをどう変えるか。


豚肉を食べてはいけないと言ったけれど、
 冷蔵庫のある世界ならまあいいでしょう、などというように。
こういうことを考えるのが、
 実は21世紀の教育なのです。


みんなが自分なりの答えを出していくけれども、
 唯一の正解はない。

マイケル・サンデル教授 の講義がなぜ人気なのかと言えば、
 「答えがないから」です。

たとえば
 「死刑について考えよう」とテーマを設定し、
 誰かが意見を述べれば「君の意見は大したものだ。
それも一理ある」と応じる。
別の誰かが正反対の指摘をすれば
 「その点が重要なんだよ、君」と言う。
「サンデルさん、あなたはどう思うの」と問われても
 「私は司会者です」という姿勢を崩さない。


要するに、
最後まで「正解」を示さないのです。
これが、まさに21世紀型の教育です。



答えのない時代の教育
ここ15年ほどの間に、
 爆発的な教育の力で優れた人材をたくさん輩出している国を見ると、
 いずれもこの「答えのない教育」を導入しています。

連載で詳説しますが、
 北欧諸国が顕著な成功例です。

21世紀は
 答えのない時代です。

既存の答えを効率的よく覚えることのできる人間は何億人もいます。
これから先、
 問われるのは
 「あなた個人がどこまでやれるか」
 ということなのです。


会社というのは、
 答えのない世界ですよね。
最初から答えがあるのなら、
 会社などいらない。

欧米に追いつけ追い越せ、
 あるいはゼネラル・エレクトリック(GE )の真似をすれば何とかなる、
 という時代は終わりました。

これから先進国に追いつこうとする途上国ならともかく、
自分の頭で考えることが求められる先進国の現実に、
 日本の教育制度はまったく合っていない。


現実の世界、
 企業の置かれている状況がどんどん変化しているにも関わらず、
 日本の教育は旧態依然として一向に変わりません。
これはきわめて深刻な問題です。

では、どうすればいいのか。
文部科学省主導で教育制度を変えるというのでは、
 大幅な改革は無理でしょう。

文科省が考える教育と
 21世紀の現実に合った教育では、
 そもそもの土台、
 基本的な考え方や目的があまりにも違いすぎます。

ですからこの問題は、
「自分の頭で考える」ことの重要性に気がついた皆さんが、
 家庭や企業、あるいは自治体で、
 それぞれ先取りして実践していく必要があるのです。
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