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「言った」を使わないで表現する

日記や小説を書くときに困ってしまうのが
 「言った」の扱い。

「これ、しっかり片付けなさいよ」と先生が言った

「はぁい。でもこれとこれを出したのは僕じゃなくて順平ですよ」と健司が言った

「うん。知ってるよ。でも、よかったら一緒に片付けてくれるかな」先生が言った

「あ、ごめん。自分で片付けるよ」照れ笑いを浮かべて、順平が申し訳なさそうに言った


 

わかりますね。
 「言った」を連呼しています。


これでは読者は疲れるだけだし、
 イマイチ情景も浮かばない。

そこで「言った」に
 別の言葉を代入してやるのです。


「これ、しっかり片付けなさいよ」先生が優しく笑った

「はぁい。でもこれとこれを出したのは僕じゃなくて順平ですよ」健司も笑いながら答える

「うん。知ってるよ。でも、よかったら一緒に片付けてくれるかな」と先生

「あ、ごめん。自分で片付けるよ」照れ笑いを浮かべて、順平が申し訳なさそうに言った。



こうしてやると、
 文章の意味を変えずに、
 耳に残る「言った」をひとつだけにすることができるってわけ。

もちろん「言った」を使わずに
 文章を仕上げることも可能です。

さらに変化を加えるとこんなことに。

「これ、しっかり片付けなさいよ」先生がにらむと、健司はふてくされながら答えた

「はぁい。でもこれとこれを出したのは僕じゃなくて順平ですよ」

「うん。知ってるよ。でも、よかったら一緒に片付けてくれるかな」先生の目つきは鋭いままだ

「あ、ごめん。自分で片付けるよ」照れ笑いを浮かべて、順平が申し訳なさそうに出てきた


 
こんなふうに代入する表現を変えてやることで、
 「言った」だけでは伝わらない
 情景や場面を表すことができるようになります。

今回の3つのパターンを見ても、
 同じ会話の内容でありながらイメージが全然違うでしょ? 

最初のは
 無機質だけど、
 二つ目は優しい先生が浮かんでくるし、
 三つ目はちょっと怖いというか、
  厳しい先生の顔が浮かびます。

 
代入は
 文章のパターンを増やす効果がありますので、
 使いこなせるようになるとかなり心強いですよ。
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改行を活用する

文章を読むことは基本的に、
 めんどくさくて疲れることです。
 
だから、
 少しでも読みやすいように
 工夫しないと
 人は読んでくれません。
 

特に改行が少なく、
 巨大な文字の塊がデンっと視界に飛び込んでくるようだと、
 それだけで読書意欲が損なわれます。


●改行無しの文章例
 魔法の修得に必要な学問は多岐にわたる。古代文字にも精通しなければならないし、その文字が伝播した由来や歴史まで学ばなければならない。読み書きにいたっては言うに及ばず、薬品等の分量計算や、方程式から結果予測するための数学的知識、演算能力も必要とされる。世界に干渉する魔法は、知の総合力で勝負する分野だ。単に呪文――世界の法則と意識を接続するためのアクセスコードを覚えただけでは、魔法使いにはなれない。

●改行を活用した文章例
 魔法の修得に必要な学問は多岐にわたる。
 古代文字にも精通しなければならないし、その文字が伝播した由来や歴史まで学ばなければならない。読み書きにいたっては言うに及ばず、薬品等の分量計算や、方程式から結果予測するための数学的知識、演算能力も必要とされる。
 世界に干渉する魔法は、知の総合力で勝負する分野だ。
 単に呪文――世界の法則と意識を接続するためのアクセスコードを覚えただけでは、魔法使いにはなれない。

 
どうでしょうか?
 適度に改行を入れた方が、
 あきらかに読みやすいですよね。


文章がギッシリ詰まりすぎていると、
 人は読みたくなくなるのです。
 
改行が多いのは、
 読みやすくするための工夫です。

ただし、
 改行は、
 なんでもかんでも多用すれば良いわけではありません。

 
ページ内の空白が多くなりすぎると、
 中身がスカスカになり、
 文章を水増ししているような悪い印象を受けます。
 
また、
 所構わず改行してしまうと、
 逆に読みづらくなります。

文章が長くなったから適当に分ける、
 という改行の使い方をしてはいけないのです。
改行は段落ごとに行うようにしましょう。
段落とは、
 まとまった1つの内容を示す文章の集まりです。

段落を分ける必要が無ければ分けてはいけませんし、
 必要が有れば分けなければいけません。
 
例えば、
 『彼が怒った』という文章の後に、
 『怒った』とは関係のない文章が続くと、
 読者を混乱させてしまう原因になります。

 
そこで、
 この間に改行を置くのが正解になります。

●悪い例
 彼は腕を振り上げ激しく怒った。普段は温厚な顔が、真っ赤になっている。その時、玄関のチャイムが鳴って、カツ丼の出前がやってきた。

●悪い例2
 彼は腕を振り上げ激しく怒った。
 普段は温厚な顔が、真っ赤になっている。
 その時、玄関のチャイムが鳴って、カツ丼の出前がやってきた。

●悪い例3
 彼は腕を振り上げ激しく怒った。
 普段は温厚な顔が、真っ赤になっている。その時、玄関のチャイムが鳴って、カツ丼の出前がやってきた。

●正しい例
 彼は腕を振り上げ激しく怒った。普段は温厚な顔が、真っ赤になっている。
 その時、玄関のチャイムが鳴って、カツ丼の出前がやってきた。

 どうでしょうか? 正しい例の方が、他のどれよりも読みやすくありませんか?
 改行は段落ごとに行うようにしましょう。

 また、改行は目立たせたい文章を引き立てることにも活用できます。
 最初に一番言いたい文章を独立させて1つの段落とし、その後ろに補足となる段落を用意するのです。

●例
 世界に干渉する魔法は、知の総合力で勝負する分野だ。単に呪文――世界の法則と意識を接続するためのアクセスコードを覚えただけでは、魔法使いにはなれない。

●改行活用例
 世界に干渉する魔法は、知の総合力で勝負する分野だ。
 単に呪文――世界の法則と意識を接続するためのアクセスコードを覚えただけでは、魔法使いにはなれない。

 これは「世界に干渉する魔法は、知の総合力で勝負する分野だ」という文章を引き立てるための改行です。
 読者に伝えたい重要な部分を目立たせることができます。

馬蹄の音

●例1
 森の中に馬の走る音が響く。


●例2
 大地を叩く馬蹄の音が、
 森の静寂を破る。


例1の方は、
 誰でも書ける文章でしょうが、

例2の方は、
 ちょっと高度です。
 
 馬の足の先を馬蹄と呼ぶ知識がなかったら、
  馬蹄という表現は当然、浮かんできません。

著者の表現力があるかないかで、
 小説のおもしろさは格段に変わってきます。
 
その場の情景をよりリアルに、
 迫力ある映像を伴ってイメージできるだけでなく、
 文章を読むこと自体に心地よさを感じられるからです。

語彙が豊富になれば、
 作品の雰囲気、
 対象読者層に合わせて、
 言葉を取捨選択することもできるようになります。 

●補足
 珍しい言葉を覚えると、
  ついつい調子に乗って使ってしまいがちです。
 語彙が豊富であるのは良いことなのですが、
  聞きなれない難しい漢字や横文字を使うと、
  読者に意味が通じず、
  独りよがりな作品になることがあります。
 特に難しい漢字は読者を選ぶので、
  なるべ くわかりやすい言葉を使うようにしましょう。

本当に文章力がある人は、
 難しいことを
 やさしい言葉でわかりやすく伝えられる人です。


文章力が無い人ほど、
 難解な言葉で、
 意味不明な文章を作ります。

文章修行

文章修行というのは、
 「臨模」が中心でした。


※りんも【臨模】
 手本を見ながら書くこと。
 また,手本をすき写しにすること。

 
これは大半の物書きがそうだと思いますが、
 師匠がいないので、
 誰かの文章を真似ることが必要になるんです。

 
文体は、
 森鴎外、伊丹十三、北杜夫の三人が
 いわば憧れの文体アイドルで、
 彼らの文章をお手本にしてきました。

 「芸術力」の磨き方・林望


「三人の作家を師匠と定めて、
 彼らの文章を模写して勉強する」
 
 という手法の有効性は、
 他の作家も述べています。
 
1人の作家の作品をマネすることは、
 あなたをゴーストライターにしてしまう危険があります。
 
マンガの世界でも、
 勉強のためにプロの作品を模写し続けたら、
 その先生そっくりの絵しか描けなくなってしたという事例が多々あります。
 
つまり文章的なオリジナリティ、
 独自色といったものを潰しかねない……

でも三人の作家から同時に学べば、
 それぞれの作家の長所を取り込むことができ、
 自分独自の文体を築く基礎を作ることができるのです。

模写するのは大変、
 時間がない、
 根気が続かないと言う方は、
 
次のことをだけでもしてください。

1.本を読んでいて、
  わからない言葉や言い回しが出てきたら
  辞書で調べる。

 
  そして、メモ帳に書き写す。

2.いいなぁ。
  と思う比喩や表現、
  描写がでてきたら、
  同じくメモ帳に書き写す。


これはうまい。
 これは知らなかったという
 語彙や表現を書いて覚えるのです。
 
書くという
 アウトプット作業を
 脳にさせることによって、
 知識を定着させやすくできます。


 語彙と表現力は小説家の財産です。
 
これが脳内にインプットされていないと、
 どんなすばらしいアイディアを持っていても
 具現化させることができないので、
 宝の持ち腐れとなります。

最近では、
 知識より創造力や思考力の方が大切だ、
 という風潮が、
 世の中に蔓延してきていますがこれは間違いです。
 
知識あっての知性です。
 
知識とは思考の材料であり、
 これがなければ、
 考えることがまずできません。

 
考えることができなければ、
 そこから独創的な発想のセリフや描写など生まれるわけが ないのです。
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