競争的な社会を実現

コーンの著書には、
 非競争的な社会を実現している人たちが紹介されています。

ズーニー・インディアン
イロクォイ・インディアン
ブラックフット・インディアン
オーストラリアのアボリジニ
カナダのイヌイット
カラハリのコイサンマン(サン人)、他

彼らの社会には、
 競争や勝ち負けがありません。

娯楽も、
 勝ち負けを競うゲームではないのです。



私はかつて、
 子どもと合気道を習いに通っていましたが、
 合気道にも試合(競争)はありません。

 「勝つために戦う」という発想がないのです。

たがいに形の反復稽古を行うことで、
 おたがいを高めていきます。

「周囲の人間を、競争相手ではなく、
  仲間として見ることができる能力」を高めるには、
 とてもいいですね。


今、時代は
 “競争”から“共創”に
 シフトしつつある、
 と感じています。

これからの時代を、
 真に幸せな生き方を見つけていく時代にしたいですね。
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競争意識

心理学者のエリオット・アロンソンは
 次のように述べています。

「教育も、その基礎を競争意識においてきた。
 自分が生徒で、しかも正しい答えを知っているのに、
 先生が他の生徒を指名したとしたら、どうだろうか。

その生徒の答えがまちがっていて、
 自分に正解を答えるチャンスが回って来るように望むというのは、
 ありそうなことだ。

こうして、
 子どもたちにとって、
 仲間は、打ち負かさなければならない敵になるのだ」



かつて、
 学校で成績一番だった中学生が自殺するという事件がありました。

 遺書に書いてあったのは、「僕は一番であり続ける自信がない」という言葉でした。

 その子も、「競争に勝つことこそが大事」だと信じていたのかもしれませんね。

だから、
 勝ち続ける自信がないことが自殺の理由になったように思えます。



その学校で、
 その事件について思うことを生徒たちに書かせたところ、

 「彼が死んだのは残念だが、私の成績の順位はひとつ上がった」
  と書いた生徒たちがおり、教師たちは愕然としたそうです。



「競争から生じる敵意が、
 いじめや校内暴力の根本的な原因である」と指摘する心理学者もいます。


また、ジョセフ・ワックスは、
 次のように述べています。

 「なぜ子どもたちが、廊下や遊び場で、
  互いに暴行をくわえるのか。

 これを理解できない教師がいることに驚かされる。

教室では、
 仲間をうちやぶった者に栄誉をあたえる教育が行われているのだから、
 そうなってしまうのは当然といえる。

教室での敗北は、
 ひろがっていく敵意のさざ波を作り出す小石である」



スポーツの世界でも、
 勝ち負けの決するゲームの存在は、
 当たり前になっています。

相手に勝つことを目指して試合をします。



プロスポーツを観戦する場合も、
 自分のひいきのチームが勝つことを応援する人が圧倒的に多いですよね。

 ということは、
  相手チームが負けることを願っているわけです。

そして、
 勝敗に一喜一憂してしまうこともありますね。



アメリカの大統領だった
 アイゼンハワーが言った次の言葉は、

 今、多くの人から忘れ去られています。

 「アメリカのスポーツの真の使命は、
  若者たちに戦争のための準備をさせることにある」

 スポーツ競技における競争が、
  攻撃的な意識を促していくというわけです。



私は、
 スポーツそのものに問題があるとは思いません。

ただ、
 勝つことを第一目的にしてしまうと、
 競争意識が原動力になってしまい、
 真に楽しめるものではなくなってしまうような気がします。

周囲の人間を、競争相手ではなく、仲間として見ることがで

「周囲の人間を、競争相手ではなく、
 仲間として見ることができる能力」です。

近頃この能力が乏しい人が多いと言われています。

つまり、
 無意識のうちに他人と自分を比較し、
 競争してしまっている人が多いということなのです。

名著
 『競争社会をこえて』の著者アルフィ・コーン
 
私たちは
 生まれて以来、
 競争社会の中に浸って生きてきたこともあり
 競争することに疑問を持たずに生きているのです。

コーンの著書から、
 社会心理学者エリオット・アロンソンの文章を一部引用します。

「自分のチームが負けたあと泣き出してしまうリトル・リーグの野球選手、
  フットボールのスタジアムで勝利をたたえ合う大学生、
  算数の試験でよい成績をおさめたことを鼻にかける小学生など、
  勝利に対する強迫観念があらわになっているケースがよく見られる。
 これらは文化的な強迫観念と言える」

「競争はほとんど宗教そのものだ」と指摘する研究者もいます。

つまり、
 「競争こそ素晴らしいものだ」ということを、
 多くの人が盲信しているというわけです。


さて、
 多くの人が信じ込んでいるほど、
 競争は素晴らしいものなのでしょうか?

コーンは、
 競争がもたらす弊害をいくつか挙げています。

・結果指向
 競争をしていると結果指向になってしまいます。
 競争においては、勝つか負けるかという結果こそが重要だからです。
 しかし、
  人生を楽しむ遊び心は、プロセス指向から生まれます。
 競争をしていると、
 人生というプロセスそのものが楽しめなくなってしまうのですね。

・二元論的思考
 「白か黒か」「勝ちか負けか」「善か悪か」という二元論的な思考になってしまい、
  いろいろな考え方・見方ができなくなってしまいます。
 
 これを、オール・オア・ナッシング思考ともいいます。
 
 勝利がすべてであり、
  それが得られなければナッシング(何もない)に等しいという考えです。

・個人主義
 競争していると、
 「自分が勝つことが大切」
 「自分さえよければいい」という個人主義が助長されます。
 
 スポーツのチーム競技などでは、
  チーム内ではチームワークなどが生まれますが、
 相手チームを敵と捉えると、
 「自分のチームさえ勝てばよい」となってしまいがちです。


ダーウィンが
 “生存競争”という言葉を使ったので、
 「生き残っていくためには競争に勝つことが大切」という考えを
  多くの人が信じてしまっているのですが、

実際の自然界のベースにある原理は、
 競争ではなく協力・協働だと、私は思っています。

アルフィ・コーンも、
 「生存していくためには、対抗しあうよりも、
  協働することが必要」と語っています。



ペーテル・クロポトキンは、
 協力が動物のあいだでひろく見られることを著書で紹介し、

 「自然界において、望ましい条件は、
  協力することによって競争を排除することでもたらされる」と結論づけています。

つまり、
 競争していたら生き残っていけない。

協力することによって生き残っていけるということです。



ビジネスの世界でも、
 「競争することが生産性をもたらすに違いない」と
 信じている人は多いと思いますが、


エバイナ・ワーキーの実験によって、
 「協力のほうが、競争よりもいちじるしく生産的である」ことが証明されています。



では、なぜ私たちは、競争をするのでしょうか?

 娯楽やスポーツにおけるゲームでは、
  当然のように勝利を目指し、
  ビジネスの世界では、当然のようにシェア争いを戦います。



コーンの著書『競争社会をこえて』には、
 スポーツ心理学者トーマス・トッコ

 次の言葉が紹介されています、

「競争は、学習された現象である。
 人々は、勝とうとか、競争しようという動機をもって
 生まれてくるわけではない。

 勝利を目指す生き方は、
  訓練を通じて、また環境の影響によってもたらされる。

 君は、念には念を入れて、教え込まれてきたのだ」

幸せな人生を実現する能力

世の中には、
“お金持ちになったけど、幸せではないと感じている人”や

“ビジネスで成功したけど孤独な人”も、
 たくさんいらっしゃいます。

高い目標達成力を持ちながらも、
 幸せな人生を実現していない人たちがいるわけですね。

もちろん目標を達成することは素晴らしいことなのですが、
 幸せな人生の実現がともなわないとさびしいですね。

では、
 幸せな人生を実現するためには、
 どんな能力が必要なのでしょうか?

これまで、
 幸せな人生を実現していて、
 心が充実感と安らぎに満たされている人たちにも
 たくさん出会ってきました。
 
その人たちに共通する能力をいくつか発見しました。

その中で、
 特に重要と思うものが3つあります。

1.自分自身を受け入れて生きていて、
 様々な人間関係の中でも自分らしさを大切にできる

2.過去への後悔や未来への心配に囚われることなく、
 今この瞬間を楽しんで生きている

3.周囲の人間を、競争相手ではなく、
 仲間として見ることができる


「子どもに、幸せな人生を実現してほしいと思っているのですが、
 どのようなことに気をつけたらいいですか?」

「まず親がこの3つの能力を身につけ、
 それを高めていくことだと思います」

子どもは親をモデルにして育っていくと思いませんか

競争は協力 どっちが重要

中日春秋 2013年11月30日

学校でこんな実験をしたとする。
同じ問題を二つの班に与えて、違う指示を出す

▼一方には
 「班で話し合ってもいいですが、班ではなく個人の成績を見ます。
  班の中で順番も決めます。他の子より良い点を取るように」と言う。

 他方には
 「よく話し合い協力し、班として少しでもいい成果を出すようにしなさい。
  班の点数が一人一人の点数になります」

▼さて、どちらの班の得点がよくなるか。
 競争が働く前者のように思えるが、逆だそうだ。
 競争と協力をめぐっては多様な研究がなされてきたが、
  競争は協力ほど成果を生まず、
  かえって悪影響が出るとの結果が数多く得られているという
 (コーン著『競争社会をこえて』)

▼考えてみれば、
 他者の敗北なしに自らの喜びが得られぬ競争より、
  ともに達成感を味わえる協力・協同の方が力強いというのは、当たり前のようでもある

▼政府が学力テストをして、学校別の結果を公表する。
 新聞はその順位表を載せ、学校間の競争を煽(あお)る。
 学校はテスト対策に追われ、答案改ざんなど不正まで行われるようになる

▼これは、教育現場に徹底した競争原理を持ち込んだ英国の話だ。
 日本でも学力テストの成績の学校別公表を始めるという。
 「成績の悪い子は、テストの日は休んでほしい」
 …そんな思いがチラッとでも先生たちの頭をかすめるようになったら、
  それこそ教育の敗北だ。
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