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戦国時代 年表

合戦・出来事
1493年 伊豆討入り
      東海 伊豆国 戦国の始まりを告げる早雲の公方攻め
1517年 有田中井手の戦
      中国 安芸国 毛利元就立身のきっかけ、西の桶狭間
1536年 花倉の乱
      東海 駿河国 当主の座をめぐる今川家のお家騒動
1538年 国府台合戦(第一次)
      坂東 下総国 房総半島をめぐる諸豪の戦い
1540年 吉田郡山城の戦
      中国 安芸国 尼子氏没落のきっかけは大叔父の忠告無視から
1542年 天文の乱
      奥羽 陸奥国
      磐城 父子相克の伊達家お家騒動
    月山富田城の戦(第一次)
      中国 出雲国 大内・毛利連合軍の長すぎた遠征
    大桑城の戦(第一次)
      東海 美濃国 美濃の蝮の主家乗っ取り
    小豆坂の戦(第一次)
      東海 三河国 駿河今川対尾張織田の三河をめぐる戦い
1546年 河越夜戦
      坂東 武蔵国 北条氏が武蔵国を席巻することになった戦
1548年 上田原の戦
      東国 信濃国 信玄が初めて喫した大敗
    塩尻峠の戦
      東国 信濃国 諏訪を完全に平定した信玄
1550年 二階崩れの変
      九州 豊後国 大友宗麟が当主になるきっかけとなった騒動
    戸石崩れ
      東国 信濃国 村上義清が信玄に連勝
1553年 川中島の戦
      東国 信濃国 信玄と謙信の五度に渡る対峙
1555年 厳島の戦
      四国 安芸国 毛利家台頭のきっかけとなった奇襲戦
1556年 長良川の戦
      東海 美濃国 蝮の道三を討ち滅ぼした息子
    稲生の戦
      東海 尾張国 実弟勘十郎に背かれた信長
1558年 浮野の戦
      東海 尾張国 尾張統一のきっかけとなった信長の大勝
1559年 岩倉城の戦
      東海 尾張国 信長が尾張統一を果たした重要な戦
1560年 桶狭間の戦
      東海 尾張国 信長台頭のきっかけになった、あざやかな急襲戦

     1560年(永禄3年)、
      約2万5千人と圧倒的な大軍を引き連れた駿河・遠江(静岡)を中心として
       巨大な勢力を誇っていた今川義元に対し、
       その約10分の1程ともいわれる寡兵(かへい)で立ち向かった
       尾張を統一したばかりの小大名織田信長が、
       今川義元を討ち取り見ごと勝利したという
       日本の歴史上最も有名な戦いそれが「桶狭間の戦い」です。

    野良田の戦
      上方 近江国 北近江に独立した浅井長政
1561年 小田原城攻め(上杉謙信)
      坂東 相模国 10万の大軍による1ヶ月の包囲戦
1562年 久米田の戦  
      畿内 和泉国 総大将を打たれた三好勢の総崩れ
    教興寺の戦
      畿内 河内国 三好政権に復活をもたらした大戦
1564年 国府台合戦(第二次)
      坂東 下総国 緒戦勝利の油断が招いた里見氏の大敗
    月山富田城の戦(第二次)
      中国 出雲国 毛利氏の兵糧攻めで落ちた尼子の名城
1566年 箕輪城の戦
      坂東 上野国 上野経営の基盤を手に入れた信玄
1567年 稲葉山城攻め
      東海 美濃国 念願の美濃を手に入れた信長
1568年 信長の上洛戦
      畿内 山城国 天下布武へ向けた畿内平定戦
    駿府攻め
      東海 駿河国 同盟を破棄し駿河に襲い掛かった虎
1569年 本國寺の変
      畿内 山城国 将軍を襲った三好三人衆
    立花城の戦
      九州 筑前国 博多支配を目指した毛利元就
    掛川城の戦
      東海 遠江国 旧主今川家を滅亡に追い込んだ家康
    大河内城の戦
      東海 伊勢国 信長が伊勢を平定
    小田原城攻め(武田信玄)
      坂東 相模国 上杉と結んだ北条への信玄の報復
    三増峠の戦
      坂東 相模国 信玄の甲斐への退陣を攻めた北条氏の誤算
1570年 金ヶ崎の退き口
      北陸 越前国 信長を驚愕させた浅井軍の裏切り
    姉川の戦
      上方 近江国 11段まで破られた織田軍の逆転勝利
    野田・福島の戦
      上方 摂津国 信長、四面楚歌への入り口
    石山合戦
      畿内 摂津国 本願寺と信長の10年に渡る死闘
    志賀の陣
      上方 畿内・近江国 本願寺、三好、朝倉、浅井による信長包囲
    宇佐山の戦
      上方 近江国 湖西での浅井朝倉連合軍の逆襲
    今山の戦
      九州 備前国 鍋島直茂の危機回生の夜討ち
1571年 伊勢長島攻め(第一次)
      上方 伊勢国 固い守りに信長が攻略をあきらめた
    比叡山焼き討ち
      上方 近江国 国家統一を阻む勢力への容赦ない制裁
1572年 信玄の上洛戦
      東国 甲斐国 3万の軍勢を率いた信玄最後の行軍
    三方ヶ原の戦
      東海 遠江国 家康を軽々と破った、武田騎馬軍団
1573年 一乗谷攻め
      北国 越前国 名門朝倉家のあっけない滅亡
    小谷城の戦
      上方 近江国 信長を裏切った浅井家の最後
    伊勢長島攻め(第二次)
      上方 伊勢国 北伊勢に孤立させただけに終わった
1574年 高天神城の戦(第一次)
      東海 遠江国 父信玄も落とせなかった堅城の攻略に成功
    伊勢長島攻め(第三次)
      上方 伊勢国 三度目の正直で攻略に成功した
1575年 長篠の戦
      東海 三河国 三段撃ち戦法で武田騎馬隊を打ち破った
     1575年に三河(みかわ)国(愛知(あいち)県)長篠城(ながしのじょう)西方の
      設楽原(したらがはら)で,
      織田信長(おだのぶなが)・徳川家康(とくがわいえやす)の連合軍が
       武田勝頼(たけだかつより)の軍をやぶった戦い。
      織田・徳川連合軍は
       約3000人の足軽(あしがる)鉄砲隊(てっぽうたい)の活躍で
       武田の騎馬隊を壊滅させた。

       鉄砲の威力を天下に示した戦いだった。


    四万十川の戦
      四国 土佐国 土佐国における天下分け目の合戦
1576年 木津川の戦(第一次)
      畿内 摂津国 織田水軍を軽々と破った毛利水軍
1577年 雑賀攻め(第一次・第二次)
      上方 紀伊国 織田の大軍対雑賀の強力鉄砲衆
    手取川の戦
     北 陸 加賀国 信長が謙信強しと悟った北陸をめぐる戦い
    信貴山城の戦
      畿内 大和国 裏切りを繰り返した松永久秀の最期
1578年 御館の乱
     北陸 越後国 謙信の後継をめぐるお家騒動
    木津川の戦(第二次)
     畿内 摂津国 鉄甲船6隻で毛利水軍を打ち負かした
    耳川の戦
     九州 日向国 島津氏が大友宗麟に勝利した
1579年 三木城兵糧攻め
     中国 播磨国 秀吉得意の干殺し戦法
    信康事件
     東海 三河国 家康の嫡男が切腹に追い込まれた
    天正伊賀の乱(第一次)
     上方 伊賀国 信長の二男が起こした無謀な伊賀攻め
1581年 鳥取城兵糧攻め
     中国 因幡国 4千人を飢餓地獄に追い込んだ
    新発田重家の乱
     北陸 越後国 御館の乱の恩賞への不満が爆発
    天正伊賀の乱(第二次)
     上方 伊賀国 織田勢5万の伊賀での大殺戮
1582年 天目山の戦
     東国 甲斐国 甲斐武田家滅亡
    備中高松城水攻め
     中国 備中国 高さ7m長さ3kmの堤で川をせき止めた
    雑賀攻め(第三次)
     上方 紀伊国 憂いを根絶やしにしようとした信長の急襲
    魚津城の戦
     北陸 越中国 本能寺の変前夜の越中での攻防
    本能寺の変
     畿内 山城国 信頼していた部将明智光秀の謀反
    中国大返し
     中国 備中国 信長の弔い合戦への執念が生んだ猛スピード
    山崎の戦
     畿内 山城国 天王山の確保が勝負を決めた
    神流川の戦
     坂東 上野国 滝川一益失脚の元になった北条氏との戦
    清洲会議
      東海 尾張国 秀吉が主導権を握った重鎮会議
    天正壬午の乱
      東国 甲斐国・信濃国 信長横死後に起こった甲斐と信濃の奪い合い
    中富川の戦
      四国 阿波国 阿波平定を成し遂げた長宗我部元親
1583年 賤ヶ岳の戦
      上方 近江国 七本槍の活躍で、織田家内の抗争が終結
1584年 小牧・長久手の戦
      東海 尾張国 家康が秀吉に圧勝した合戦
天正12年(1584年)に、
羽柴秀吉(1586年、豊臣賜姓)陣営と織田信雄・徳川家康陣営の間で行われた戦い。
当時は長久手ではなく長湫と表記された。
※くで【湫】古くは「くて」水草などの生えている低湿地。

   豊臣秀吉と徳川家康が唯一対決したのが「小牧・長久手の戦い」です。

    ■発端は「本能寺の変」
     天正10年(1582)6月、天下統一の途上にあった織田信長が家臣の明智光秀の手にかかり、
      京都の本能寺で討たれました。
     その後、後継者を巡って家臣たちの間で争いとなり、
      羽柴(後の豊臣)秀吉と、信長の次男信雄(のぶかつ)を支援する徳川家康が戦うこととなりました。

    ■両雄、長久手で激突
     天正12年(1584)4月、秀吉軍と家康軍は、
      それぞれ、犬山(愛知県犬山市)の楽田(がくでん)と
       小牧山(小牧市)に陣をしいて対峙していましたが、
       秀吉軍の別働隊が家康の本拠岡崎に向けて侵攻したことから
       長久手の地で激突することになりました。    
      この戦いで、秀吉軍は池田恒興(つねおき)・元助(もとすけ)父子、
       森長可(ながよし)といった有力武将を失い、長久手合戦で勝利した家康は小牧山に戻りました。

    ■天下は秀吉の手に
     天正12年11月、「小牧・長久手の戦い」は、
      秀吉が信雄に和睦を申し入れ信雄がこれを受けたため幕を閉じました。
     翌年、秀吉は関白となり全国統一を推し進めていきます。
     一方、家康は秀吉政権下でも別格の地位を保ち、徳川政権樹立の足がかりを固めていきました。

    沖田畷の戦
      九州 備前国 狭い畦道に誘い込んだ島津・有馬連合軍の勝利
1585年 四国攻め
      四国 四国 長宗我部氏を土佐一国に押し戻した
    人取橋の戦
      奥羽 陸奥国
      岩代 伊達政宗、生涯で一番の危機
1586年 岩屋城の戦
      九州 筑前国 籠城兵763名全員が玉砕した
1587年 九州攻め
      九州 九州 最後まで抵抗した島津氏を服従させた
    戸次川の戦
      九州 豊後国 念願の豊後を手に入れた島津勢
1589年 摺上原の戦
      奥羽 陸奥国
      岩代 奥州の覇者となった伊達政宗
1590年 小田原城攻め(豊臣秀吉)
      坂東 相模国 22万人の大群での北条攻撃
    奥州仕置
      奥羽 奥羽 秀吉の天下統一の総決算
1592年 文禄の役(朝鮮出兵)  
      朝鮮 秀吉の唐入りの夢への前哨戦
1593年 慶長の役(第二次朝鮮出兵)  
      朝鮮 秀吉の激怒で即決した、2度目の朝鮮攻め
1595年 秀次事件
      畿内 山城国 突然追い詰められた関白
1600年 小山会議 
      坂東 下野国 東軍の勝利を決定付けた重要な会議
    関ヶ原の戦
      東海 美濃国 徳川の天下取りを決定した大決戦
1614年 方広寺鐘銘事件
      畿内 山城国 豊家滅亡のための家康の言いがかり
    大坂冬の陣
      畿内 摂津国 豊家存亡を賭けた巨城の籠城戦
1615年 大坂夏の陣
      畿内 摂津国 豊家の滅亡へつながる壮絶な戦い
    その他 一向一揆    
      領主を脅かし続けた怒涛の民衆たち
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戦国時代

旧石器時代(-14,000 BC)
縄文時代(14,000–300 BC)
弥生時代(300 BC-250 AD)
古墳時代(250–592)
飛鳥時代(592–710)
奈良時代(710–794)
平安時代(794–1185)
鎌倉時代(1185–1333)
室町時代(1336–1573)
建武の新政(1333–1336)
南北朝時代(1336–1392)
戦国時代(1493–1590)
安土桃山時代(1573–1603)
江戸時代(1603–1868)
幕末(1853-1868)
明治時代(1868–1912)
大正時代(1912–1926)
昭和時代(1926–1989)
連合国軍占領下の日本
平成(1989-)


始期と終期
 戦国時代の始期と終期については諸説ある。

一般に
 1467年の応仁の乱もしくは
 1493年の明応の政変を始まり、

 1568年の織田信長入京、もしくは
 1573年に室町将軍足利義昭が信長によって追放されたのを終わりとすることが多い。

戦国(室町)時代の末期、
 或いは信長上洛以後を織豊時代や安土桃山時代と区分する事もある。

また、
 長篠の戦いや小牧・長久手の戦いなどがあった安土桃山時代も、
 戦国時代の末期として含める場合がある。

従来は1467年に始まった応仁の乱を戦国時代の始期とする見解が有力とされていたが、
 その後も幕府は中央政権として機能していた。

中央政権としての幕府権力を支えていた
 幕府・守護体制が揺らぎ始めた時期は
 1490年前後であり、
  明応の政変により中央政権としての幕府体制が瓦解した。
このため、
 今日では、
 明応の政変が発生した1493年を戦国時代の始期とする説が有力となっている。

戦国時代の終期にも複数の見解が並立している。
上記の通り戦国時代は
 室町時代・安土桃山時代と重なる年代区分であり、
 信長が安土へ進出して「天下人」へと飛躍した
1576年、
 あるいは豊臣秀吉が後北条氏を降伏させ全国統一の軍事活動が終了した
1590年を戦国時代の終期とする考えもある。
さらに後世に進み、関ヶ原の戦いを最後とする見方や、
 さらに後世の大阪の陣を最後とする考え方もある。
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