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昭和、平成…と日本に元号があるのはなぜか?

昭和、平成…と日本に元号があるのはなぜか

元号というものは
 元々中国の文化で、
 古代中国での皇帝が代わるときやめでたい出来事があったときに
 元号を変えるという習慣に由来しています。


日本で初めて元号が使われたのは
 大化の改新(645年)のときで、
 蘇我氏の専横を誅して孝徳天皇が即位したときに
 「大化」という元号が用いられたことに始まります。


しかし、
 なぜかその後に元号が途絶え
 再び文武天皇の御代(701年)に「大宝」という元号が使われ、

この際に大宝律令により国で扱う公文書には
 必ず元号をつけることが義務付けられました。


大宝から平成まで歴代天皇は84代ですが、
 元号は200以上あります。

数が合わない理由は
 中国の「讖緯(しんい)説」の影響によるものです。

中国では
 干支の辛酉と甲子の年は
 改元しないと災いが生じるという説があり、
 60年に1回は改元していたのです。


他に、
 「災異改元」というものがあり、
 これは天災や戦争などが起きると
 災いを一新するために改元が行われていました。


しかし、
 このような改元は明治元年(1868年)に
 一世一元の制により廃止
され、
 それ以後は天皇一代の治世はひとつの元号で通すことになりました。
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和歌、俳句、川柳の違いとは?

和歌、俳句、川柳の違い

和歌や俳句というと、
 今では一部を除いてたしなむことが少なくなった感じがありますが、
 歌を詠むことは日本では昔から一種の娯楽として親しまれてきました。

和歌も平安貴族たちだけの趣味ではなく、
 庶民の間でも流行っていました。

有名な『万葉集』には貴族たちが詠んだ歌が集められていますが、
 約三分の一は詠み人知らずとなっています。

有名な歌人である柿本人麻呂でさえ生没年月日すら不詳で、
 貴族にしても身分はかなり低かったと考えられています。

詠われている内容は
 恋愛の歌が圧倒的に多く、
 現代のラブソングと同じような扱いをされていました。

さて、
和歌には
 和歌の神様がいるのをご存知でしょうか。

「和歌三神」とよばれ、
 住吉大神
 柿本人麻呂
 玉津島明神
のことをいいます。

このうち
 玉津島明神は女神であり、
 男尊女卑の気風が強かった時代とはいえ、
 女性でも歌を詠むことは禁じられていなかったことが分かります。

その和歌も時代が変わるとともに短縮化されます。

和歌
 五・七・五・七・七の31文字で構成されることが定型でしたが、

川柳
それが時代とともに
 五・七・五調の俳句や川柳という形に転化していきました。

川柳にいたっては、
 より庶民的な傾向が強くなり、
 内容的にもかなり風刺の効いた、
 ユーモア要素が増えていきました。

「歌舞伎」を演じるのが男性ばかりなのはなぜか?

「歌舞伎」を演じるのが
  男性ばかりなのはなぜか


17世紀から続く歌舞伎は
 今では古典芸能の花形で、
 特に女形といわれる役者は身のこなしもしなやかで、
 本当の女性以上に女性的に見えることがあるほど。

しかし
 歌舞伎は、
 元々は女性も演じていた芸能でした。

歌舞伎は、
 出雲大社のお国という女性が京都で「ややこ踊り」という
 小唄踊りを演じたことがルーツになります。


それ以後、
 遊里で遊女が踊る「遊女歌舞伎」へと移り変わりますが、
 風紀を乱すという理由で女性の役者が禁止され、
 男性中心の芸能に変容します。


※ゆう‐り【遊里】-日本国語大辞典
 一定の区画を仕切って公認の遊女屋を多く集めてある地域。

※ゆうじょ 遊女
 近代以前の売春婦に対する代表的名称。
 平安時代に遊女(あそびめ)とよばれたものが、
 のち音読して遊女となったものである。
 売春婦がいつごろ日本に発生したかは不明


江戸時代には
 歌舞伎の花形役者といえば男子が演じる女形になります。

そんな彼らの艶やかな立ち振る舞いに、
 胸をときめかせていたのも男でした。

『役者評判記』には
 美貌の美少年について詳しく論じられおり、
 彼らは歌舞伎を演じるだけではなく、
 「床入り」といって
 お客と懇ろになることも仕事のうちに入っていたのです。

※ねんごろ【懇ろ】
  親切でていねいな様子


江戸時代には
 衆道といって、
 美少年と年長の男が交歓する遊びが流行ったことがあり、
 若い歌舞伎役者は大人気でした。

衆道については
 井原西鶴の『男色大鑑』にも紹介されており、
 美少年と会うために金も命も惜しまないという男が続出していたと説明しています。

日曜日は休日なのに、なぜ週始めとされるのか?

一週間の始まりは何曜日なのでしょうか。

暦には
 宗教が大きく関わってきます。


『旧約聖書』によれば
 神は世界を六日間で創造し、
 七日目に休息をとったとあります。


それは現在では
 土曜日にあたるため、
 
ユダヤ教では
 日曜から金曜までが稼働日で
 土曜日が安息日となります。


つまり、
週始めは日曜日になります。

キリスト教も
 週の始まりは日曜日としています。

この日は
 キリストの復活を祝う日で
 仕事を休んで祈りを捧げるため、
 それが広まって「日曜日=休日」という習慣が増えたといわれています。

ちなみにイスラム教では
 金曜日が安息日なので、
 週の始まりは土曜日という認識です。

要するに、
 何曜日を始まりにするかは宗教的な背景が強いですが、
 日本においては世界の多数を占める「日曜始まり」が王道のようです。

というわけで、
 世界的には
 日曜始めが多数派を占めます。

ただし、
 宗教や地域によってはその限りではないというのが正解です。

うるう年

4年に一度のうるう年 
 実は省くこともある

   2012/2/29 7:00 記事保存

今年は4年に1度のうるう年だから、
 2月が29日まであるんだよね。

今の暦(こよみ)の数え方で
 うるう年に増えるのは1日だけど、
 
昔の日本では
 1カ月まるごと増やしていた時代もあったのよ。


■暦と季節のずれを調整

昔はどんな暦を使っていたの?

1年が365日の
今の暦は
 太陽と地球の位置をもとにする
 太陽暦(たいようれき)(グレゴリオ暦)
 
日本では
 明治時代のはじめに使い始めた


それまで使っていたのは
 旧暦(きゅうれき)とも呼ぶ太陰太陽暦(たいいんたいようれき)。

太陰は、
 太陽に対して月のことをいうときの言葉で、
 
太陰太陽暦
 月の満ち欠けをもとに、
 太陽の動きも考えてつくった暦よ。


どんなふうに日にちを数えるの?

月が見えなくなる
 新月から次の新月までは約29.5日。

1カ月が30日の月と
    29日の月を組み合わせて
 
1年を12カ月としたの。


ただ、
 これだと1年は約354日。

太陽と地球の位置で決まる季節は
 約365日の周期(しゅうき)で変化するから、
年々、
 暦と季節がずれていくわ。

このずれを調節するために
 何年かに一度、
 うるう月をつくるのよ。


その年は1年が13カ月になるってこと?

そう。
 19年に
 7回程度の割合で
 うるう月を入れるとずれが解消されるそうよ。

うまく調整していたんだったら、
 
なんで
 今の太陽暦に変えたんだろう。


明治時代になって、
 太陽暦を使う
 欧米(おうべい)の国々と付き合うのに
 日付の違(ちが)いがやっかいになってきたの。


それと、
 財政難(ざいせいなん)だった政府(せいふ)がうるう月の分、
 お役人たちの給料(きゅうりょう)を
 余計(よけい)に払(はら)いたくないから
 暦を変えるのを急いだ、という話もあるわ。

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