南北朝時代・室町時代

■南北朝時代・室町時代

●鎌倉幕府の滅亡
 □ 後醍醐天皇が幕府をたおす計画をすすめ、楠木正成・新田義貞らが天皇方について兵をあげた。
 □ 幕府は有力御家人の足利尊氏をさしむけたが、尊氏は幕府にそむき、
  1333年、鎌倉幕府はほろんだ。

●建武の新政
 □ 1334年、後醍醐天皇は天皇中心の政治を復活させたが、
  公家を重んじ武士への恩賞も不公平で、宮殿の造営費を武士に負担させたりしたため、
  武士の不満が高まった。
 □ 足利尊氏が建武政府にそむいて兵をあげ、
  天皇は吉野(奈良県)にのがれた。
  尊氏は京都に別の天皇をたてた。
  これによって、建武の新政はわずか3年ほどでくずれた。

●二条河原の落書
 □ 建武の新政を批判した落書で、京都の二条河原にかかげられた。

●南北朝時代
 □ 1336年以来、京都の朝廷(北朝)と吉野の朝廷(南朝)がならびたつことになった。
  この時代を南北朝時代という。
 □ 1392年、足利義満が南北朝を合一し、約60年間続いた南北朝時代は終わった。

●神皇正統記
 □ 南朝の重臣だった北畠親房が、南朝の正統性を主張するために書いた歴史書。

●太平記
 □ 後醍醐天皇の倒幕計画以後の南北朝の対立についての軍記物語。

●足利尊氏
 □ 京都に北朝をたてた足利尊氏は、1338年に征夷大将軍に任じられ、京都に室町幕府を開いた。

●新田義貞
 □ 源氏の子孫で、鎌倉幕府の有力な御家人だったが、
   後醍醐天皇に味方して鎌倉幕府をたおし、
   建武の新政に参加した。後、足利尊氏と争い敗れた。

●楠木正成
 □ 河内国(大阪府)の豪族で、後醍醐天皇に味方し、建武の新政実現のために活やくした。
  足利尊氏が新政府にそむいたとき、いったんは尊氏を九州に敗走させたが、後に戦死した。

●室町幕府のしくみ
 □ 鎌倉幕府のしくみにならい、執権のかわりに管領をおいた。
  足利氏一族の斯波・畠山・細川の3氏が交代でなった(三管領)。
 □ 中央に政所・問注所・侍所、地方に鎌倉府などをおいた。
  侍所の長官には、山名・一色・赤松・京極の有力守護大名がなった(四識)。

●守護大名
 □ 守護は、任地の土地や地頭などを支配して領主となり、守護大名に成長した。

●足利義満
 □ 室町幕府3代将軍。山名・大内氏などの有力守護大名をおさえて幕府の権力を確立した。
 □ 京都の室町に「花の御所」を、出家して後、北山に金閣を建てた。
 □ 南北朝の合一や、日明間の国交開始による勘合貿易を行った。

●倭寇
 □ 南北朝時代のころから、朝鮮や中国の沿岸をあらしまわった武装商人団。
 □ 前期・・・対馬、北九州の土豪、商人、漁民を中心に、朝鮮・高麗人も加わって活動。
 □ 後期・・・大部分は中国人。

●日明貿易(勘合貿易)
 □ 足利義満は、貿易による利益により、幕府財政を救おうとした。
 □ 倭寇の取りしまりを条件に、明と貿易をはじめた。
  国書に「日本国王臣源」と書き、明の属国の形式をとった。
 □ 倭寇と区別するために、勘合符を用いた。

●永楽通宝
 □ 明でつくられた銅銭。日明貿易で輸入され、標準的な貨幣として使われた。

●正長の土一揆
 □ 1428年、借金に苦しむ近江(滋賀県)の馬借らが立ち上がり、農民も加わった。
 □ 馬借・・・馬を使った輸送業者。
 □ 幕府に徳政令の発布を要求し、酒屋・土倉や寺院をおそって借金証文をやぶりすてた。

●山城の国一揆
 □ 1485年、山城(京都府)の地侍(じざむらい)らが、守護の畠山氏を追放した。
 □ 地侍と農民が連合して、自治による政治を8年近く続けた。

●加賀の一向一揆
 □ 1488年、加賀国(石川県)の一向宗信者が守護大名の富樫氏と戦ってほろぼし、
   100年近く自治を続けた。

●惣(そう)
 □ 戦乱が続くと、農民たちは名主を中心にまとまっていき、惣とよばれる自治のしくみをつくった。
 □ 産業の発達した近畿地方から各地に広まり、土一揆の母体となった。

●寄合
 □ 惣では、農民たちが村の神社や寺などで寄合とよばれる会合を開いた。
 □ 村の運営について相談したり、惣の掟(おきて)を定めたりした。

●都市の発達
 □ 城下町・門前町・港町などの都市が発達した。
 □ 堺(大阪府)・博多(福岡県)・京都では、商工業者による自治が行われた(自治都市)。

●足利義政
 □ 室町幕府の8代将軍。一揆のひん発と銀閣の造営などによる財政難で政治を乱した。
 □ 将軍のあとつぎ問題が、応仁の乱の原因の一つになった。

●室町文化
 □ 武家と公家の文化がとけあい、
  さらに禅宗の影響を受けた文化。民衆の文化も発達し、
  応仁の乱後は、都の文化が地方に広がった。
 □ 北山文化・・・足利義満が金閣を建て、能を大成した観阿弥・世阿弥を保護した。
 □ 東山文化・・・足利義政は政治から身を引き、銀閣を建てて風流な生活を楽しんだ。
  書院造。茶の湯。生け花。

●水墨画
 □ 中国から伝わった墨(すみ)でえがく絵。雪舟によって大成された。
 
●お伽草子
 □ 南北朝時代のころから多くの人々に親しまれた、文章と絵でつづった物語。
  「一寸法師」「浦島太郎」など。

●連歌
 □ 和歌の上の句と下の句を別の人が詠み、何人かで詠みつないでいくもの。宗祇が芸術に高めた。

●応仁の乱
 □ 守護大名の細川勝元と山名持豊(宗全)の対立に、
  将軍足利義政のあとつぎ問題などがからんで起こった11年間の大乱。
 □ 京都は焼け野原になり、幕府の権威はおとろえた。
 □ 乱の後、戦乱は地方に広がり、約100年間の戦国時代に入った。

●戦国大名
 □ 守護大名の家臣などで、
  実力を強め主人をたおし(下剋上)、領国を統一して支配した大名たち。
  守護大名から戦国大名に変身していった者もある。
 □ おもな戦国大名・・・上杉謙信・武田信玄・北条早雲・今川義元・毛利元就
 □ 分国法(家法)を定め、領国を支配した。

●鉄砲の伝来
 □ 1543年、ポルトガル人を乗せた中国の船が種子島に漂着し、鉄砲を伝えた。
 □ 戦国大名の注目を集め、堺(大阪府)や近江・国友(滋賀県)などでさかんにつくられた。
 □ 鉄砲の影響・・・足軽の鉄砲隊による集団戦法にかわり、
   高い石垣や、鉄砲を打つ穴をあけた厚いかべの城がつくられるようになった。
  また、戦の勝敗が早く決まるようになり、天下統一が進んだ。

●キリスト教の伝来
 □ 1549年、イエズス会のスペイン人宣教師フランシスコ=ザビエルが鹿児島に上陸し、
   キリスト教を伝えた。
 □ ザビエルは鹿児島・山口・京都などで2年あまり布教を続けた。
  ザビエルの後も宣教師が来日し、各地の大名の保護を受けて布教につとめた。

●キリシタン大名
 □ キリスト教を保護し、信者となった大名。
  大友宗麟・大村純忠・有馬晴信など、九州に多かった。
 □ キリスト教を保護した理由・・・ヨーロッパ人との貿易による利益に着目した。

●南蛮貿易 □ ポルトガルやスペインの商人が平戸や長崎などに来航するようになり、
  貿易をするようになった。
 □ 輸入品・・・鉄砲・火薬・生糸・絹織物・ガラス製品
  輸出品・・・銀・銅・刀剣・工芸品・硫黄

●南蛮文化
 □ 南蛮貿易やキリスト教の布教を通じて伝えられたヨーロッパの文化。
 □ 活版印刷機で印刷した、ローマ字の書物(キリシタン版)、医学、天文学、航海術など。南蛮屏風。

●少年使節
 □ 九州の大村・大友・有馬の3大名がローマ法王のもとに送った4人の少年使節。
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【室町時代】

【室町時代】

●建武の新政
 後醍醐天皇が、1334年に鎌倉幕府を倒(たお)し、年号を建武と改めて行った天皇中心の政治。貴族重視の政策に武士の不満が高まり、足利尊氏の反乱により、3年足らずでくずれた。
 
●南北朝
 建武の新政に失敗してから、約60年間続いた南朝と北朝の対立。足利尊氏が京都に光明天皇をたてた朝廷を北朝、後醍醐天皇が吉野に移ってたてた朝廷を南朝という。1392年、足利義満のときに合一した。
 
●守護大名
 南北朝の戦乱以後、国内の地頭や家来を従えて、その国を自分の領地として支配するようになった守護。
 
●管領
 室町幕府で将軍を補佐(ほさ)し、政務を総括(そうかつ)する最高の役職。鎌倉幕府の執権にかわる役職。三管領とよばれる細川・斯波・畠山の三家から交替で就任(しゅうにん)した。
 
●倭寇
 南北朝時代ごろから、中国や朝鮮の沿岸をあらしまわった九州や瀬戸内海の海賊(かいぞく)。
 
●日明貿易
 足利義満が始めた明との貿易。倭寇と区別するために勘合という割り札を持たせたので、勘合貿易ともいう。刀剣・鎧(よろい)・銅・いおうなどを輸出し、銅銭・生糸・高級織物などを輸入した。
 
●応仁の乱
 1467年、8代将軍義政や管領家の後継ぎ問題などをめぐり起こった乱。戦いは京都を中心に11年も続き、さらに地方に広がり、以後、100年にわたる戦国時代となった。
 
●戦国大名
 下剋上の風潮の中で、主君を倒すなどして実力で権力をにぎった大名。
 
●分国法
 戦国大名が、自分の支配する領国に、それぞれ独自につくった法律。家法ともいう。
 
●土一揆
 団結を固めた農民の反抗活動。荘園領主や守護大名に対する年貢の軽減や、幕府に対する徳政令の要求などを行い、応仁の乱後に多く起こった。
 
●正長の土一揆
 1428年、近江(おうみ)の馬借(ばしゃく)の蜂起(ほうき)をきっかけに山城(京都)から畿内(きない)一帯に広がった土一揆。
 
●山城の国一揆
 1485年、山城(京都)で農村に住む武士(国人)が農民を指導して起こした一揆。畠山軍を追放し、8年間も自治を行った。
 
●加賀の一向一揆
 1488年、加賀の一向宗徒が中心になって守護の富樫氏をたおし、以後100年にわたって加賀国を支配し、「百姓の持ちたる国」といわれた。
 
●座
 鎌倉・室町時代に、有力な社寺や公家の保護を受けて、それぞれの商品の販売権などを独占していた商工業者の同業組合。
 
●書院造
 室町時代に完成した、たたみ・障子(しょうじ)などがある住宅様式。寝殿造と武家造の様式を合わせ、さらに禅宗の寺院建築の様式を取り入れたもの。現在の日本の住宅建築のもととなった。
 
●水墨画
 墨(すみ)の濃淡(のうたん)で自然などをえがく絵画。中国から伝わったものを雪舟が完成させた。
 
●能
 猿楽(さるがく)・田楽(でんがく)をもとにして発展したもので、観阿弥・世阿弥父子が能楽として大成した。
 
●お御伽草子
 室町時代の庶民(しょみん)的な短編(たんぺん)物語。「ものぐさ太郎」や「一寸法師」など古くから伝わる物語をもとにつくった。
  
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