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鎌倉時代

■鎌倉時代
(●はハイレベルです)

●源平の争乱
 □ 平氏の貴族的な政治に反感をもつ人々が、平氏打倒の動きを強めた。
 □ 1180年に、伊豆に流されていた源頼朝が挙兵した。
 □ 頼朝の弟の源義経らのはたらきにより、1185年、壇の浦の戦いで平氏をほろぼした。

●源頼朝
 □ 1185年、国ごとに守護、荘園や公領に地頭を設置し、御家人(頼朝の家来)を任命した。
 □ 1192年、征夷大将軍となり鎌倉に幕府を開いた。鎌倉殿とよばれ、御家人の信望は大きかった。
 
●守護・地頭 □ 守護・・・国ごとにおかれ、軍事・警察や御家人の統制にあたった。
 □ 地頭・・・荘園や公領におかれ、土地管理、年貢の取り立てなどにあたった。
 □ 地方には、国ごとに幕府が設置した守護と、朝廷が任命した国司(こくし)がいた。
   また荘園には、幕府が任命した地頭と、貴族や寺社が任命した荘官(しょうかん)がおり、
   公武による二重支配のかたちになった。

●源義仲(木曽義仲)
 □ 頼朝の従兄弟(いとこ)。木曽(長野県)で兵をあげ、平氏の軍を破って京都に入り、
   平氏を追放、1185年に征夷大将軍に任じられた。
 □ その後、頼朝が送った源範頼・源義経の軍にせめられ、近江国で敗死した。

●後白河上皇
 □ 保元の乱で、源義朝・平清盛を味方につけ勝利、院政を行った。
 □ 平氏政権のもとでは平清盛と対立、一時的に院政は停止させられたが、
   清盛の死後に再開、源頼朝に平氏を打倒させた。

●源義経
 □ 頼朝の弟。頼朝挙兵に参じ、
   義仲討伐・平家討伐(一の谷の戦い、屋島の戦い、壇の浦の戦い)に功績を残した。
 □ のち頼朝と不和になり、奥州藤原氏のもとにのがれたが、平泉(岩手県)で自殺した。

●鎌倉幕府のしくみ
 □ 執権・・・将軍を助けて政治を行う。
 □ 政所(まんどころ)・・・一般の政治・財政を行う。
 □ 侍所(さむらいどころ)・・・御家人の統率と軍事・警察にあたった。
 □ 問注所・・・訴訟・裁判を処理する。

●封建制度
 □ 封建制度・・・土地の給与を通じて、御恩と奉公によって結ばれた主従関係。
 □ 御恩・・・主人(将軍)が家来(御家人)の領地を認め、または領地を与えたりする。
 □ 奉公・・・主人(将軍)の命令に従い、命をかけて戦う。

●武士の生活
 □ 武士はもともと農業を行う開発領主だったから、ふだんは農村の自分の領地に住み、農業を行っていた。
 □ 板ぶきで簡素な武家造とよばれる館をかまえ、へい・堀・物見やぐらなどで敵にそなえた。
   館のまわりには、武士が直接経営する田畑があった。
 □ 戦いにそなえて、つねに犬追物・笠がけ・やぶさめなどの武芸の訓練にはげんだ。

●源氏の滅亡
 □ 2代将軍・源頼家が伊豆修善寺で暗殺され、
   3代将軍・源実朝が鶴岡八幡宮で暗殺され、源氏は3代でほろんだ。

●北条氏の執権政治
 □ 北条氏は伊豆(静岡県)の豪族で、源頼朝を助け、源氏再興に力をつくした。
   頼朝の死後は、政治の実験をにぎった。
 □ 源氏の将軍が3代でたえると、名ばかりの将軍を京都からむかえ、みずからは執権として政治を行った。

●承久の乱
 □ 源氏の将軍がたえると、1221年、朝廷の勢力を回復しようとしていた後鳥羽上皇が兵をあげた。
   これに対して幕府側は、北条政子のよびかけで御家人の団結をかため、勝利をおさめた。
 □ 乱の後、後鳥羽上皇は隠岐に流され、朝廷の勢力はおとろえた。
   幕府は京都に六波羅探題をおき、朝廷や西国武士を監視した。

●御成敗式目
 □ 1232年、3代執権・北条泰時が制定した、御家人に対して公平な裁判を行うための基準。
   51か条からなり、貞永式目ともよばれる。
 □ 最初の武家法で、戦国時代の分国法や江戸時代の武家諸法度の手本となった。

●元
 □ 1206年、チンギス=ハンがモンゴル民族を統一し、モンゴル帝国を建国した。
 □ チンギス=ハンの孫のフビライ=ハンは、
   朝鮮の高麗をしたがえ、都を大都(北京)に移し、国号を元とした。

●元寇
 □ 元のフビライ=ハンが日本征服をたくらんで北九州にせめてきた、文永の役と弘安の役の2度の戦い。
 □ 執権・北条時宗の統率のもと、御家人たちがよく戦い、あらしのおかげもあって元軍をしりぞけた。
 □ 元寇の後、3度目の襲来に対する備えもあり、幕府の財政が悪化、ほうびをもらえない武士の不満が高まった。

●永仁の徳政令
 □ 1297年、御家人の生活苦を救うため徳政令を出し、売ったり質流れになったりした土地を、
   もとの持ち主の御家人にただで返させた。
 □ かえって経済が混乱し、幕府の信用も失われた。

●マルコ=ポーロ
 □ イタリアの商人で、元のフビライ=ハンに17年間つかえた。
 □ 『東方見聞録』で、日本を「黄金の国ジパング」と紹介した。

●農民の生活
 □ 草や木の灰を肥料にし、牛や馬を耕作に使い、米と麦を作る二毛作がはじまった。
 □ 農民は、荘園領主と地頭から年貢や労役を課せられ、二重支配に苦しんだ。
   地頭の横暴に対しては、団結して反抗することもあった。

●商業の発達
 □ 寺社の門前や交通の要所などに定期市(月3回)が開かれ、売買には宋銭が流通した。
 □ 問丸や馬借などの運送業者が出現。商人や手工業業者は、座という組合をつくって利益を独占した。

●鎌倉新仏教
 □ 浄土宗・・・法然。「南無阿弥陀仏」
 □ 浄土真宗(一向宗)・・・親鸞
 □ 時宗・・・一遍。踊り念仏。
 □ 法華宗(日蓮宗)・・・日蓮。「南無妙法蓮華経」
 □ 臨済宗・・・栄西
 □ 曹洞宗・・・道元

●鎌倉文化
 □ 武士の生活や気風を反映した、素ぼくで力強い武家文化が発達した。
 □ 軍記物・・・琵琶法師が語り伝えた平家物語。
 □ 和歌・・・新古今和歌集(藤原定家)・金槐和歌集(源実朝)
 □ 随筆・・・方丈記(鴨長明)・徒然草(吉田兼好)
 □ 建築・・・東大寺南大門・円覚寺舎利殿
 □ 彫刻・・・金剛力士像(運慶・快慶)
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【鎌倉時代】

【鎌倉時代】

●守護
 鎌倉幕府の軍事や警察の仕事などを行った地方機関。1185年、源義経追討を理由として国ごとに置かれた。初め惣追捕使と呼ばれた。
 
●地頭
 荘園や公領に置かれ、土地の管理や年貢の取り立てなどを行った。
 
●御恩と奉公
 将軍と御家人との間で結ばれた主従関係。御恩とは、領地を認め、手がらがあれば新しい土地を与えること。奉公とは、戦いがあれば将軍のために命を投げ出して働くこと。
 
●執権政治
 源氏が3代でほろびたあと、北条氏が執権となって実権をにぎった幕府の政治体制。1203年に北条時政が政所別当(長官)に就任(しゅうにん)した時に始まった。
 
●承久の乱
 1221年に後鳥羽上皇が幕府を倒そうとして起こし、敗れた兵乱。乱後、幕府の力が強まり、京都には六波羅探題が設置された。
 
●六波羅探題
 承久の乱の後、京都に置かれた役所。朝廷や公家の監視(かんし)、西日本の御家人の統括(とうかつ)を役目とする。従来の京都守護に代わるもので、当初は六波羅守護と呼ばれた。北方・南方の両府があり、北条一門から選ばれた。
 
●御成敗式目
 1232年、執権北条泰時が御家人に対する裁判の基準を示すため、武士社会の慣習をまとめた武士による最初の法律。成敗は裁判、式目はきまり(法規)のこと。51か条からなり、実際的でわかりやすく、のちの武家法の手本となる。貞永式目ともいう。
 
●モンゴル帝国
 13世紀初め、チンギス=ハンがモンゴル諸民族を統一してつくった大帝国。その領土は中国・朝鮮からヨーロッパにまでおよんだ。
 
●元寇
 8代執権北条時宗が、フビライの要求(元の属国になること)を拒否したために起こった元軍の日本襲来。文永の役(1274年)と弘安の役(1281年)の2度にわたり、2度とも暴風雨に助けられ、元軍を撃退(げきたい)した。
 
●徳政令
 元寇で苦しくなった御家人の生活を救うために幕府が出した、御家人の借金などを帳消しにする命令。しかし、経済はかえって混乱した。
 
●浄土真宗
 親鸞が開いたもので、阿弥陀仏(あみだぶつ)を信じさえすればだれでも救われると説いた。武士・農民層に普及(ふきゅう)し、室町時代に発展した。真宗・一向宗ともいう。
 
●日蓮宗
 日蓮が開いたもので、法華経を信じれば人も国も救われると説いた。法華宗ともいう。
 
●時宗
 一遍が開いたもので、信心の有無を問わず念仏を唱(とな)えるだけですべての人が救われると説いた。一遍は、各地を遊行し、念仏を唱えながら踊(おど)る「踊念仏」を始めて時宗の普及(ふきゅう)に努めた。
 
●臨済宗
 栄西が伝えた禅宗の一派。
 
●曹洞宗
 道元が伝えた禅宗の一派。
 
●『平家物語』
 鎌倉初期に書かれた軍記物で、作者は不明。平氏一族の栄華(えいが)とその滅亡をえがいたもので、琵琶法師によって語り広められた。
 
●『新古今和歌集』
 1205年、後鳥羽上皇の命によって藤原定家・家隆らが編集した勅撰和歌集。約1900首をおさめる。情緒、技巧(ぎこう)に富み、古い歌の世界を背景に作る本歌取りなど、新古今調といわれる新しい歌風を開いた。
 
●『方丈記』
 鎌倉初期に鴨長明が書いた随筆(ずいひつ)。
 
●『徒然草』
 1331年ごろ、吉田兼好が書いた随筆。
 
●金剛力士像
 奈良の東大寺南大門にある仁王像。力強く写実的な彫刻で、運慶・快慶による作。
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