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平安時代

■平安時代

●平安京
 奈良時代の末期には、貴族や僧の争いがはげしくなり政治が乱れた。
794年
 桓武天皇は京都の平安京に都を移し、
 天皇中心の政治を立て直そうとした。

●最澄(伝教大師)
 中国にわたって新しい仏教を学び、
 帰国後、天台宗を開き、比叡山(滋賀県)に延暦寺を建てた。

●空海(弘法大師)
 中国にわたって新しい仏教を学び、
 帰国後、真言宗を開き、高野山に金剛峰寺を建てた。

●荘園の広がり
743年に出された墾田永年私財法で、
 開こんした土地の私有が認められたので、
  有力な貴族や寺社は私有地(荘園)をふやした。
 地方の豪族たちは、有力な貴族や寺社に荘園を寄進して保護を受けた。

●不輸・不入の権
 不輸の権・・・荘園の税を朝廷に納めなくてもよい権利。
 不入の権・・・荘園に国司が入るのをこばむことができる権利。

●摂関政治
 藤原鎌足の子孫で律令政治の立て直しのなかで力をつけてきた
 藤原氏は、
  天皇が幼いときは摂政、
     成人すると関白になって政治の実権をにぎった。 → 摂関政治

 摂関政治は、
  11世紀後半の藤原道長・頼通親子の時代に最も栄えた。

●平等院鳳凰堂
 藤原頼通が宇治に建てた阿弥陀堂。
 本尊の阿弥陀如来像は、定朝作の平安時代を代表する彫刻。

●国風文化
894年に遣唐使が停止されると、藤原氏らの貴族の生活から日本風の文化が発達した。
 寝殿造・・・・貴族が住んだ日本風の屋敷。
 かな文学・・・竹取物語・源氏物語・枕草子・古今和歌集
 大和絵・絵巻物

●菅原道真
 唐がおとろえ、学ぶべきことがなくなったことを理由に、遣唐使停止の意見をのべた。
 天神様として天満宮にまつられている。

●竹取物語
 9世紀末~10世紀の初めごろに、
  かな文字で書かれた最初の物語。作者は不明。
 「かぐや姫」をめぐる伝説で、当時の貴族のようすがわかる。

●源氏物語
 11世紀初めに、紫式部が書いた長編小説。
 「光源氏」を主人公に、藤原氏全盛期の貴族社会を描写したもの。

●枕草子
 11世紀初めに、清少納言が書いた随筆。
 宮中の生活や自然のようすを、するどい感覚で細やかに表現した。

●古今和歌集
 10世紀初め、紀貫之らが編集した、わが国最初の勅撰和歌集。

●土佐日記
 10世紀に、紀貫之が土佐守の任務を終え、京都に帰るまでを書いた紀行文。かな文字で書かれている。

●今昔物語集
 平安末期に書かれた日本・インド・中国の説話集。

●中尊寺金色堂
 12世紀初め、奥州藤原氏が平泉(岩手県)に建てた、阿弥陀堂建築物。
●武士のおこり
 私有地を広げていった豪族や有力な名主は、
  自分の土地や財産を守るため、家来に武芸を習わせた。
 やがて、地方に住みついた貴族などと主従関係を結び、
  武士団を形成していった。

●僧兵
 大きな寺院では、僧が武装して寺や荘園を守った。
 延暦寺・東大寺・興福寺などの僧兵が、暴力で要求を通そうとした。
 これをおさえるために朝廷も武士をたよるようになった。

●院政
 藤原氏と関係のなかった後三条天皇は、朝廷の力を強めようとした。
 次の白河天皇は、1086年に上皇となって院で政治を行った。→ 摂政・関白は無力に。
 上皇・・・太上天皇の略で、退位後のよび名。
 法皇・・・出家した上皇。
 院政はその後、鳥羽上皇・後白河上皇と続き、藤原氏はおとろえた。

●源氏と平氏
 皇族出身の源氏と平氏が武士団の棟りょうになった。
 源氏は清和天皇の子孫、平氏は桓武天皇の子孫。

●平将門の乱
 935年、平将門が関東で反乱をおこし、平貞盛らに平定された。

●藤原純友の乱
 939年、藤原純友が瀬戸内海で反乱をおこしたが、平定された。

●前九年の役・後三年の役
 前九年の役・・・1051年、陸奥(東北)の豪族安倍氏が反乱。
 後三年の役・・・1083年、出羽(秋田・山形県)の豪族清原氏の一族内の争い。
 いずれの乱も、源頼義・義家が平定し、これによって源氏は関東に勢力を強めた。

●保元の乱
 1156年、天皇と上皇の対立が藤原氏の内部争いに結びついて、武士をまきこんだ。
 天皇側が勝ち、味方をした平清盛・源義朝は力をみとめられた。

●平治の乱
 1159年、平清盛と源義朝が対立し、平清盛が勝った。
 義朝の子頼朝は、伊豆に流された。

●平清盛
 保元の乱・平治の乱に勝利して勢力をのばした。
 武士で最初の太政大臣となり、武士としてはじめて政治をとった。
 平氏の政治・・・平氏一族は全国の半分を支配。藤原氏の政治をまねて貴族的な政治を行った。
 大輪田泊(今の神戸)を整え、日宋貿易を進めた。航海の安全を祈るため安芸に厳島神社を建てた。

●日宋貿易
 輸入品・・・宋銭、書物、陶磁器、絹織物
 輸出品・・・金、硫黄、刀剣、漆器

●名主
 有力な農民は,、土地に自分の名前をつけ(名田)、その所有者となった(名主)。
 小農民を支配して豪族に成長する者もあった。

●武士団
 一族を中心とした武士の集団で、10~11世紀ごろに成長した。
 小さな武士団は、本家を棟りょうとして大きな武士団を形成していった。
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【平安時代】

【平安時代】

●長岡京
 現在の京都府向日市にあった。桓武天皇が784年に遷都(せんと)。翌785年に造営事業の中心人物だった藤原種継が暗殺され造営も進まず、794年の平安京への遷都によって廃止(はいし)された。
 
●平安京
 桓武天皇が和気清麻呂の意見によって京都に建設した都。奈良の古い寺院勢力をたち、乱れた律令政治を立て直すことが目的だった。
 
●征夷大将軍
 蝦夷征討のための臨時(りんじ)の将軍の意味。797年に任命された坂上田村麻呂が有名。
 のちに源頼朝が任命されたことで、全国の武士の総大将の地位をあらわすようになった。
 
●天台宗
 平安初期、最澄が比叡山に延暦寺を開いて広めた教え。
 
●真言宗
 平安初期、空海が高野山に金剛峰寺を開いて広めた教え。
 
●摂関政治
 10~11世紀の平安中期、藤原氏が外戚(がいせき)として摂政・関白を独占(どくせん)し、国政を左右した政治。天皇が幼いときは摂政、成人すると関白となって実権を握(にぎ)る。藤原道長・頼通のころが全盛期。
 
●平等院鳳凰堂
 藤原頼通が宇治に建てた阿弥陀堂(あみだどう)。極楽浄土を願って建てられたもので、寝殿造を取り入れた美しい建築。寝殿造は、平安時代を代表する建築様式で、主人の住む寝殿を中心に、左右対象に建てられている。
 
●『源氏物語』
 11世紀初めに、紫式部が書いた長編小説。藤原氏全盛期の貴族社会を描写(びょうしゃ)したもので、光源氏を主人公とする前41帖(じょう)と薫大将を主人公とする後13帖とからなる。
 
●『枕草子』
 清少納言が書いた随筆(ずいひつ)集。鋭(するど)い感覚と機智(きち)に富み、「春は」「山は」など客観的観察、「めでたきもの」など主観的内容、四季の情緒(じょうちょ)、人生の面白みなどを記している。
 
●『古今和歌集』
 10世紀の初め、醍醐天皇の命令によって紀貫之らが編さんした勅撰和歌集。『万葉集』以後の約1100首をおさめる。
 
●『土佐日記』
 紀貫之が土佐守(とさのかみ)の任を終えて、京都に帰るまでの紀行文。最初のかな日記。
 
●浄土教
 10世紀以降に発達した阿弥陀浄土(あみだじょうど)への往生(おうじょう)を願う信仰。空也は、念仏を唱(とな)えて阿弥陀仏にすがれば極楽浄土(ごくらくじょうど)に行けると説いた。
 
●国風文化
 9世紀末、それまでの唐風文化を消化して日本風(国風)の文化が生まれた、摂関時代を中心とする文化。かな文学の発達と優雅(ゆうが)な貴族文化、浄土教の流行が特徴的。
 
●大和絵
 日本風の絵。それまでの唐風の絵とちがって、日本の自然や風俗(ふうぞく)が描かれた。大和絵の手法で絵巻物(えまきもの)が多くつくられている。
 
●中尊寺金色堂
 奥州藤原氏が平泉(岩手県)に建てた阿弥陀堂(あみだどう)。浄土信仰が地方にも広まっていたことを示している。
 
●前九年の役
 東北地方でおきた古代の戦乱。1051~62年、陸奥(むつ)の土豪安倍頼時が国司に反乱、朝廷の命により源頼義・義家が清原氏の助けを借りて平定した。この戦いのあと、頼義は武門の棟梁(とうりょう)としての名声をさらに高め、清原氏は一躍(いちやく)東北地方の雄(ゆう)となった。
 
●後三年の役
 1083~87年に奥羽地方で争われた清原一族と源義家の戦い。清原氏の相続争いに源義家が介入(かいにゅう)、藤原清衡を助けて清原氏をほろぼした。源氏の信望が東国に高まり、武家の棟梁(とうりょう)の地位を確立した。
 
●院政
 天皇が譲位(じょうい)の後、上皇または法皇となって、その御所(ごしょ)である院庁でとる政治。1086年に白河上皇が院政を始めた。上皇は太上(だじょう)天皇の略称。
 
●不輸・不入の権
 土地が有力な貴族や寺社の荘園になると、貴族や寺社の力で国家に納める税をのがれたり、役人が荘園に立ち入ることを拒否(きょひ)することができた。これを不輸・不入の権という。
 
●保元の乱
 1156年、崇徳上皇と後白河天皇の兄弟、関白藤原忠通と弟頼長の対立がからみ、上皇が源為義らの武力を頼んで天皇方に挑戦(ちょうせん)し、敗北した。この乱の結果、武士が中央に進出することになった。
 
●平治の乱
 保元の乱の後の1159年、平清盛と源義朝の対立から起こった争い。平清盛が勝利し、この後、政権は平氏が握(にぎ)る。
 
●大輪田泊
 平清盛が、宋との貿易のため兵庫(今の神戸港)に築いた港。
 
●壇ノ浦の戦い
 1185年、源義経が西へ逃(のが)れた平氏を追って、壇ノ浦(今の山口県)で破った戦い。この戦いにより平氏が滅亡した。
 
●『今昔物語』
 平安時代末期ごろに編纂(へんさん)された古代の説話集。各説話が「今は昔」と語りはじめるところからこの名があり、もとは全31巻、現存するのは1040話。作者は未詳。
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