スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

奈良時代

■奈良時代

●平城京
 □ 710年、元明天皇が唐の長安にならって、
   奈良盆地の北部に平城京をつくり、都を移した。
●聖武天皇
 □ 仏教の力で、
   乱れた世の中の不安をしずめ国を治めようとした。
 □ 国ごとに国分寺と国分尼寺を建て、
   奈良には東大寺を建てさせた。
 □ 752年、東大寺に金銅の大仏を完成させた。

●行基
 □ 渡来人の子孫で、諸国をまわり仏教を広め、東大寺の大仏づくりに協力した。
 □ 各地にため池や橋をつくり、農民にしたわれた。

●光明皇后
 □ 聖武天皇の皇后。仏教をあつく信じ、悲田院や施薬院を建てた。

●遣唐使
 □ 630年に第1回の遣唐使として、犬上御田鍬らが派けんされた。
   一行は多いときは大使・留学生ら4隻500人にもおよんだ。
 □ 894年に、菅原道真の意見で停止されるまで15回派けんされた。

●鑑真
 □ 唐の高僧。朝廷の招きで日本に来るのに5度も失敗して失明、6度目に成功した。
 □ 唐招提寺を建て、律宗を伝えた。

●阿倍仲麻呂
 □ 遣唐使の留学生として唐にわたり、唐の朝廷の役人になった。
   日本に帰ることができず、長安で死んだ。

●和同開珎
 □ 708年につくられた日本最初の貨幣。
 □ 武蔵国の秩父から銅がとどけられたことがきっかけで、年号を和銅に改めた。

●三世一身の法
 □ 開こんを奨励(しょうれい)するため、
   723年、新しく開こんした土地は本人・子・孫の3世まで所有を認めた。
 □ 古い施設を利用して開こんした土地は、本人1代の私有を認めた。

●墾田永年私財法
 □ 743年、開こんした土地(墾田)は、永久に私有することを認めた。
 □ 貴族や寺社が私有地(荘園)をふやし、公地公民制がくずれていった。

●天平文化
 □ 聖武天皇の天平年間にもっとも栄えた、貴族中心の仏教文化。
   唐や西アジア・インドの文化の影響を受け、国際色豊か。

●正倉院
 □ 東大寺にあり、聖武天皇の遺品などが保存されている倉庫。校倉造。

●古事記
 □ 太安万侶が、稗田阿礼が暗記していた神代から推古天皇までの天皇系譜や皇室の伝承をまとめたもの。
 □ 712年に元明天皇に献上された。

●日本書紀
 □ 720年に完成した、神代から持統天皇に至る天皇中心の国家成立史。
 □ 舎人親王・太安万侶らが中心になって編さんした。

●風土記
 □ 713年、天皇が諸国に命じて、その国の地名の由来、伝説、特産物などを記録させたもの。
 □ 現存するのは、常陸・出雲・播磨・豊後・肥前の5つの風土記。

●万葉集
 □ 大伴家持が編者といわれる日本最古の歌集。
 □ 山上憶良・柿本人麻呂などの歌人のほか、
   天皇から農民にいたるまで、約4500首の歌がおさめられている。

●貧窮問答歌
 □ 山上憶良がつくった歌で、「万葉集」にある。
 □ 律令制度下の、貧しく苦しい農民の生活をうたっている。
スポンサーサイト

【奈良時代】

【奈良時代】

平城京
 710年、元明天皇が唐の長安にならって、
  藤原京の真北にあたる奈良盆地北端に新しく建設した都
 中央を南北に走る朱雀大路(すざくおおじ)を中心に、
  碁盤(ごばん)の目のように区画され、
  北部の中心に内裏(だいり)や平城宮がつくられた。
 平城京のさかんなようすを歌った
 「あおによし 奈良の都は咲く花の におうがごとく 今さかりなり」(万葉集)の歌が有名。
 
●和同開珎
 武蔵(むさし)国で銅が産出されたことをきっかけに、
 708年につくられた貨幣(かへい)。
 唐の銅銭である開元通宝をモデルにしたもので、
  和同開珎をはじめとして
  958年までに12種類の銅銭が発行され、
  皇朝十二銭と呼ぶ。
 朝廷は貨幣の使用を奨励(しょうれい)するため、
  貨幣をたくわえた者に位をさずけるという蓄銭叙位令を出した。
 
●国分寺
 聖武天皇が、
  仏教の力で災(わざわ)いのいない平安な国をつくろうとして、
  国ごとに建立した寺院。
  都には総国分寺として東大寺をつくった。
 
●東大寺大仏
 聖武天皇が鋳造(ちゅうぞう)を発願、
 752年に開眼供養(かいげんくよう)を行った、
  東大寺にある巨大な金銅の仏。
 
●防人
 兵役の一つで、九州の守りについた兵士。
 東国出身の兵士が多かった。
 
●三世一身法
 723年、開墾(かいこん)奨励(しょうれい)のため、
  新しく池や水路をつくって開墾した者は3代の間、
  
  もとからある池や水路を利用して開墾した者は
   本人1代にかぎり、
   開墾した田地の所有を認めた法令。
 
●墾田永年私財法
 743年、三世一身法にかわって、
  新しく開墾した土地の永久私有を認めた法令。
 これによって公地公民の制度がくずれて、荘園の起こりとなった。
 
遣唐使
 日本から唐に派遣された外交使節。
 630~894年の間に19回任命され、15回渡海した。
 一行は盛時(せいじ)には4隻500名にもおよび、
  「よつのふね」と呼ばれ、
  律令国家の盛時・文化の発展に大きく貢献(こうけん)した。
 阿倍仲麻呂などを派遣したり、
 鑑真が来日した。
 894年、菅原道真の意見により停止した。
 
●唐招提寺
 唐の僧鑑真が奈良に建てた寺院。
 鑑真は、
  日本への渡来を決意し、
  失敗を重ね盲目(もうもく)になりながら
  6度目の753年にようやく来日することができ、戒律(かいりつ)を伝えた。
 
●天平文化
 8世紀の聖武天皇の時代に栄えた仏教文化。
 唐文化をはじめ西方各地の影響を受けている。
 律令国家最盛期を反映して豪壮雄大(ごうそうゆうだい)で貴族的。
 
正倉院
 東大寺にある校倉造の宝物殿。
 聖武天皇の遺品(いひん)などがおさめられている。
 
●『古事記』
 舎人(とねり)の稗田阿礼が暗唱(あんしょう)した、
  神代から推古天皇までの天皇系譜や皇室の伝承を、
  太安万侶が筆録(ひつろく)して、
  712年に元明天皇へ献上(けんじょう)したもの。
 
●『日本書紀』
 720年、舎人親王らがまとめた歴史書。
 神代から持統天皇にいたるまでの歴史を中国の歴史書にならって
 漢文で記したもの
。『古事記』と合わせて『記紀(きき)』と呼ぶ。
 
●『風土記』
 国ごとにまとめられた古代の地誌で、
  713年に諸国に勅撰(ちょくせん)が命じられた。
 その国の地名の由来(ゆらい)・産物・伝承などが記されている。
 現存しているのは
  常陸(ひたち)・
  出雲(いずも)・
  播磨(はりま)・
  豊後(ぶんご)・
  肥前(ひぜん)の5つの風土記。
 
●『万葉集』
 大伴家持らによって編さんされた、
  わが国最古の和歌集。
 天皇から農民・防人(さきもり)の歌まで約4500首が集めてある。
 歌風は素朴(そぼく)で力強く、万葉調と呼ばれる。
検索フォーム
最新記事
最新コメント
カテゴリ
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。
FC2オンラインカウンター ここから --> 現在の閲覧者数: