10月と歳時記

■10月のあいさつ【神無月】 october


書き出しの文例
-季語 10月-
爽秋の候/みぎり
清秋の候/みぎり
秋麗の候/みぎり
秋涼の候/みぎり
仲秋の候/みぎり
錦秋の候/みぎり
秋雨の候/みぎり
夜長の候/みぎり
秋霜の候/みぎり

※「~の候」は、「~のみぎり」としても使います。


-時候の挨拶 10月-
・爽秋の候、貴社ますますご発展のこととお慶び申し上げます。
・清秋の候、皆様におかれましては益々ご健勝のこととお慶び申し上げます。
・秋冷の候、貴社ますますご繁栄のこととお慶び申し上げます。
-季節の挨拶文 10月-
・日増しに秋の深まりを感じる季節となりましたが、いかがお過ごしですか。
・空は深く澄み渡り、さわやかな季節となりましたが、皆様におかれましては健やかにお過ごしのことと存じます。
・秋晴れの心地よい季節となり、ΟΟ様におかれましてはご健勝のこととお慶び申し上げます。
・朝夕はめっきり冷え込んできておりまますが、お変わりございませんか。
・秋の夜長、虫の音が心地よい季節となりましたが、お元気でいらっしゃいますか。
・街路樹の葉も日ごとに赤や黄色に彩りをましていますが、皆様もお変わりなくお過ごしですか。
・朝夕はめっきり涼しくなりましたが、ご家族の皆様には、お変わりなく何よりと存じます。
・澄みきった青空が秋を感じるこの頃、そちらの紅葉はいかがですが。
・秋の深まりましたが、恒例の紅葉見物にはもうお出かけになりましたか。私は先日ΟΟ渓谷へ行ってきました。
・収穫の秋を迎えて美味しいものをついつい食べ過ぎてしますこのごとです。
・ΟΟさんのことですからこの清々しい季節、部活や学業に頑張っているのでしょうね。
・中々会えないうちにもう季節は秋ですね。ΟΟさん、お元気ですか。
手紙の結語-10月-
・これから朝夕冷えてまいりますので、体にはくれぐれもお気をつけください。
・これからの季節、冷え込んが厳しくなりますのでお身体にお気とつけください。
・秋が深まりゆく季節ですが、くれぐれもご自愛ください。
・これからも、お元気にご活躍されますこととを心よりお祈りいたします。
・末筆ながら、皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
・澄み切った秋空のように、皆様のお気持ちが爽快でありますようお祈り申し上げます。
・爽秋の季節、社業の更なるご発展を心よりお祈り申し上げます。
・秋の夜長、近いうちにお会いできますのを心待ちにしています。
・くれぐれもご自愛ください。
・ご家族のご健康をお祈りいたしております。
・末筆ながら、皆様のご健康とご多幸をお祈り申し上げます。
・乱筆乱文失礼いたします。
・社業が更にご発展されますよう心よりお祈り申し上げます。
・ΟΟ様の一層のご活躍をお祈りいたしております。
・ご多忙中とは存じましたが、筆を取らせていただきました。
・何かとご多用とは存じますが、くれぐれもご無理などなさらないようご自愛ください。

●手紙に使える10月にあった語句

スポーツの秋、秋の夜長、運動会、

松茸、秋祭り、菊


■10月 【神無月】 novemberの歳時記

●1日~赤い羽根共同募金
●9日ごろ寒露(かんろ
(初冬の冷たい露がではじめます)
●10日目の愛護デー
●第2日曜日体育の日

体育の日(たいいくのひ)は、国民の祝日のひとつ。
国民の祝日に関する法律(祝日法)では
「スポーツにしたしみ、健康な心身をつちかう」ことを
趣旨としている。

1964年、東京オリンピックの開会式のあった
10月10日を、1966年(昭和41年)から
国民の祝日とした。2000年(平成12年)からは
「ハッピーマンデー制度」の適用により、10月の
第2月曜日となっている。

●24日ごろ霜降(そうこう)

(霜がおりはじめます)


●27日読書週間

読書週間とは
読書週間(どくしょしゅうかん)とは、

10月27日から11月9日までの2週間にわたり

読書を推進する行事が集中して
行われる期間。
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走れメロス

太宰治

 メロスは激怒した。必ず、かの邪智暴虐(じゃちぼうぎゃく)の王を除かなければならぬと決意した。メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮して来た。けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった。きょう未明メロスは村を出発し、野を越え山越え、十里はなれた此(こ)のシラクスの市にやって来た。メロスには父も、母も無い。女房も無い。十六の、内気な妹と二人暮しだ。この妹は、村の或る律気な一牧人を、近々、花婿(はなむこ)として迎える事になっていた。結婚式も間近かなのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴の御馳走やらを買いに、はるばる市にやって来たのだ。先ず、その品々を買い集め、それから都の大路をぶらぶら歩いた。メロスには竹馬の友があった。セリヌンティウスである。今は此のシラクスの市で、石工をしている。その友を、これから訪ねてみるつもりなのだ。久しく逢わなかったのだから、訪ねて行くのが楽しみである。歩いているうちにメロスは、まちの様子を怪しく思った。ひっそりしている。もう既に日も落ちて、まちの暗いのは当りまえだが、けれども、なんだか、夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。のんきなメロスも、だんだん不安になって来た。路で逢った若い衆をつかまえて、何かあったのか、二年まえに此の市に来たときは、夜でも皆が歌をうたって、まちは賑やかであった筈(はず)だが、と質問した。若い衆は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老爺(ろうや)に逢い、こんどはもっと、語勢を強くして質問した。老爺は答えなかった。メロスは両手で老爺のからだをゆすぶって質問を重ねた。老爺は、あたりをはばかる低声で、わずか答えた。
「王様は、人を殺します。」
「なぜ殺すのだ。」
「悪心を抱いている、というのですが、誰もそんな、悪心を持っては居りませぬ。」
「たくさんの人を殺したのか。」
「はい、はじめは王様の妹婿さまを。それから、御自身のお世嗣(よつぎ)を。それから、妹さまを。それから、妹さまの御子さまを。それから、皇后さまを。それから、賢臣のアレキス様を。」
「おどろいた。国王は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少しく派手な暮しをしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば十字架にかけられて、殺されます。きょうは、六人殺されました。」
 
 聞いて、メロスは激怒した。「呆(あき)れた王だ。生かして置けぬ。」
 メロスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王城にはいって行った。たちまち彼は、巡邏(じゅんら)の警吏に捕縛された。調べられて、メロスの懐中からは短剣が出て来たので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、王の前に引き出された。
「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」暴君ディオニスは静かに、けれども威厳を以(もっ)て問いつめた。その王の顔は蒼白(そうはく)で、眉間(みけん)の皺(しわ)は、刻み込まれたように深かった。
「市を暴君の手から救うのだ。」とメロスは悪びれずに答えた。
「おまえがか?」王は、憫笑(びんしょう)した。「仕方の無いやつじゃ。おまえには、わしの孤独がわからぬ。」
「言うな!」とメロスは、いきり立って反駁(はんばく)した。「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民の忠誠をさえ疑って居られる。」
「疑うのが、正当の心構えなのだと、わしに教えてくれたのは、おまえたちだ。人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。」暴君は落着いて呟(つぶや)き、ほっと溜息(ためいき)をついた。「わしだって、平和を望んでいるのだが。」
「なんの為の平和だ。自分の地位を守る為か。」こんどはメロスが嘲笑した。「罪の無い人を殺して、何が平和だ。」
「だまれ、下賤(げせん)の者。」王は、さっと顔を挙げて報いた。「口では、どんな清らかな事でも言える。わしには、人の腹綿の奥底が見え透いてならぬ。おまえだって、いまに、磔(はりつけ)になってから、泣いて詫(わ)びたって聞かぬぞ。」
「ああ、王は悧巧(りこう)だ。自惚(うぬぼ)れているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」と言いかけて、メロスは足もとに視線を落し瞬時ためらい、「ただ、私に情をかけたいつもりなら、処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」
「ばかな。」と暴君は、嗄(しわが)れた声で低く笑った。「とんでもない嘘(うそ)を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」
「そうです。帰って来るのです。」メロスは必死で言い張った。「私は約束を守ります。私を、三日間だけ許して下さい。妹が、私の帰りを待っているのだ。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ、そうして下さい。」
 
 それを聞いて王は、残虐な気持で、そっと北叟笑(ほくそえ)んだ。生意気なことを言うわい。どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙(だま)された振りして、放してやるのも面白い。そうして身代りの男を、三日目に殺してやるのも気味がいい。人は、これだから信じられぬと、わしは悲しい顔して、その身代りの男を磔刑に処してやるのだ。世の中の、正直者とかいう奴輩(やつばら)にうんと見せつけてやりたいものさ。
「願いを、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目には日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「なに、何をおっしゃる。」
「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
 
 メロスは口惜しく、地団駄(じだんだ)踏んだ。ものも言いたくなくなった。
 
 竹馬の友、セリヌンティウスは、深夜、王城に召された。暴君ディオニスの面前で、佳(よ)き友と佳き友は、二年ぶりで相逢うた。メロスは、友に一切の事情を語った。セリヌンティウスは無言で首肯(うなず)き、メロスをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。セリヌンティウスは、縄打たれた。メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。
 
 メロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、翌(あく)る日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。メロスの十六の妹も、きょうは兄の代りに羊群の番をしていた。よろめいて歩いて来る兄の、疲労困憊(こんぱい)の姿を見つけて驚いた。そうして、うるさく兄に質問を浴びせた。
「なんでも無い。」メロスは無理に笑おうと努めた。「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう。」
 
 妹は頬をあからめた。
「うれしいか。綺麗(きれい)な衣裳も買って来た。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。結婚式は、あすだと。」
 
 メロスは、また、よろよろと歩き出し、家へ帰って神々の祭壇を飾り、祝宴の席を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
 
 眼が覚めたのは夜だった。メロスは起きてすぐ、花婿の家を訪れた。そうして、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。婿の牧人は驚き、それはいけない、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、葡萄(ぶどう)の季節まで待ってくれ、と答えた。メロスは、待つことは出来ぬ、どうか明日にしてくれ給え、と更に押してたのんだ。婿の牧人も頑強であった。なかなか承諾してくれない。夜明けまで議論をつづけて、やっと、どうにか婿をなだめ、すかして、説き伏せた。結婚式は、真昼に行われた。新郎新婦の、神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。祝宴に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中で、むんむん蒸し暑いのも怺(こら)え、陽気に歌をうたい、手を拍(う)った。メロスも、満面に喜色を湛(たた)え、しばらくは、王とのあの約束をさえ忘れていた。祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。メロスは、一生このままここにいたい、と思った。この佳い人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。メロスは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。あすの日没までには、まだ十分の時が在る。ちょっと一眠りして、それからすぐに出発しよう、と考えた。その頃には、雨も小降りになっていよう。少しでも永くこの家に愚図愚図とどまっていたかった。メロスほどの男にも、やはり未練の情というものは在る。今宵呆然、歓喜に酔っているらしい花嫁に近寄り、
「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。大切な用事があるのだ。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、それから、嘘をつく事だ。おまえも、それは、知っているね。亭主との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。おまえに言いたいのは、それだけだ。おまえの兄は、たぶん偉い男なのだから、おまえもその誇りを持っていろ。」
 
 花嫁は、夢見心地で首肯(うなず)いた。メロスは、それから花婿の肩をたたいて、
「仕度の無いのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、妹と羊だけだ。他には、何も無い。全部あげよう。もう一つ、メロスの弟になったことを誇ってくれ。」
 
 花婿は揉(も)み手して、てれていた。メロスは笑って村人たちにも会釈(えしゃく)して、宴席から立ち去り、羊小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。
 
 眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。メロスは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。きょうは是非とも、あの王に、人の信実の存するところを見せてやろう。そうして笑って磔の台に上ってやる。メロスは、悠々と身仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。身仕度は出来た。さて、メロスは、ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出た。
 
 私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代りの友を救う為に走るのだ。王の奸佞(かんねい)邪智を打ち破る為に走るのだ。走らなければならぬ。そうして、私は殺される。若い時から名誉を守れ。さらば、ふるさと。若いメロスは、つらかった。幾度か、立ちどまりそうになった。えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨も止(や)み、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。メロスは額(ひたい)の汗をこぶしで払い、ここまで来れば大丈夫、もはや故郷への未練は無い。妹たちは、きっと佳い夫婦になるだろう。私には、いま、なんの気がかりも無い筈だ。まっすぐに王城に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。ゆっくり歩こう、と持ちまえの呑気(のんき)さを取り返し、好きな小歌をいい声で歌い出した。ぶらぶら歩いて二里行き三里行き、そろそろ全里程の半ばに到達した頃、降って湧(わ)いた災難、メロスの足は、はたと、とまった。見よ、前方の川を。きのうの豪雨で山の水源地は氾濫(はんらん)し、濁流滔々(とうとう)と下流に集り、猛勢一挙に橋を破壊し、どうどうと響きをあげる激流が、木葉微塵(こっぱみじん)に橋桁(はしげた)を跳ね飛ばしていた。彼は茫然と、立ちすくんだ。あちこちと眺めまわし、また、声を限りに呼びたててみたが、繋舟(けいしゅう)は残らず浪に浚(さら)われて影なく、渡守りの姿も見えない。流れはいよいよ、ふくれ上り、海のようになっている。メロスは川岸にうずくまり、男泣きに泣きながらゼウスに手を挙げて哀願した。「ああ、鎮(しず)めたまえ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王城に行き着くことが出来なかったら、あの佳い友達が、私のために死ぬのです。」
 
 濁流は、メロスの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。浪は浪を呑み、捲き、煽(あお)り立て、そうして時は、刻一刻と消えて行く。今はメロスも覚悟した。泳ぎ切るより他に無い。ああ、神々も照覧あれ! 濁流にも負けぬ愛と誠の偉大な力を、いまこそ発揮して見せる。メロスは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのた打ち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。満身の力を腕にこめて、押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきと掻(か)きわけ掻きわけ、めくらめっぽう獅子奮迅の人の子の姿には、神も哀れと思ったか、ついに憐愍(れんびん)を垂れてくれた。押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。ありがたい。メロスは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。
「待て。」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王城へ行かなければならぬ。放せ。」
「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」
「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ。」
「その、いのちが欲しいのだ。」
「さては、王の命令で、ここで私を待ち伏せしていたのだな。」
 
 山賊たちは、ものも言わず一斉に棍棒(こんぼう)を振り挙げた。メロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、その棍棒を奪い取って、
「気の毒だが正義のためだ!」と猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙(すき)に、さっさと走って峠を下った。一気に峠を駈け降りたが、流石(さすが)に疲労し、折から午後の灼熱(しゃくねつ)の太陽がまともに、かっと照って来て、メロスは幾度となく眩暈(めまい)を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。ああ、あ、濁流を泳ぎ切り、山賊を三人も撃ち倒し韋駄天(いだてん)、ここまで突破して来たメロスよ。真の勇者、メロスよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがて殺されなければならぬ。おまえは、稀代(きたい)の不信の人間、まさしく王の思う壺(つぼ)だぞ、と自分を叱ってみるのだが、全身萎(な)えて、もはや芋虫(いもむし)ほどにも前進かなわぬ。路傍の草原にごろりと寝ころがった。身体疲労すれば、精神も共にやられる。もう、どうでもいいという、勇者に不似合いな不貞腐(ふてくさ)れた根性が、心の隅に巣喰った。私は、これほど努力したのだ。約束を破る心は、みじんも無かった。神も照覧、私は精一ぱいに努めて来たのだ。動けなくなるまで走って来たのだ。私は不信の徒では無い。ああ、できる事なら私の胸を截(た)ち割って、真紅の心臓をお目に掛けたい。愛と信実の血液だけで動いているこの心臓を見せてやりたい。けれども私は、この大事な時に、精も根も尽きたのだ。私は、よくよく不幸な男だ。私は、きっと笑われる。私の一家も笑われる。私は友を欺(あざむ)いた。中途で倒れるのは、はじめから何もしないのと同じ事だ。ああ、もう、どうでもいい。これが、私の定った運命なのかも知れない。セリヌンティウスよ、ゆるしてくれ。君は、いつでも私を信じた。私も君を、欺かなかった。私たちは、本当に佳い友と友であったのだ。いちどだって、暗い疑惑の雲を、お互い胸に宿したことは無かった。いまだって、君は私を無心に待っているだろう。ああ、待っているだろう。ありがとう、セリヌンティウス。よくも私を信じてくれた。それを思えば、たまらない。友と友の間の信実は、この世で一ばん誇るべき宝なのだからな。セリヌンティウス、私は走ったのだ。君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ! 私は急ぎに急いでここまで来たのだ。濁流を突破した。山賊の囲みからも、するりと抜けて一気に峠を駈け降りて来たのだ。私だから、出来たのだよ。ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。どうでも、いいのだ。私は負けたのだ。だらしが無い。笑ってくれ。王は私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。おくれたら、身代りを殺して、私を助けてくれると約束した。私は王の卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、私は王の言うままになっている。私は、おくれて行くだろう。王は、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりつらい。私は、永遠に裏切者だ。地上で最も、不名誉の人種だ。セリヌンティウスよ、私も死ぬぞ。君と一緒に死なせてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい無い。いや、それも私の、ひとりよがりか? ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。村には私の家が在る。羊も居る。妹夫婦は、まさか私を村から追い出すような事はしないだろう。正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。どうとも、勝手にするがよい。やんぬる哉(かな)。――四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまった。
 
 ふと耳に、潺々(せんせん)、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目から滾々(こんこん)と、何か小さく囁(ささや)きながら清水が湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。水を両手で掬(すく)って、一くち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。歩ける。行こう。肉体の疲労恢復(かいふく)と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行の希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である。斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス。
 
 私は信頼されている。私は信頼されている。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。五臓が疲れているときは、ふいとあんな悪い夢を見るものだ。メロス、おまえの恥ではない。やはり、おまえは真の勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! 私は、正義の士として死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、ゼウスよ。私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにして死なせて下さい。
 
 路行く人を押しのけ、跳(は)ねとばし、メロスは黒い風のように走った。野原で酒宴の、その宴席のまっただ中を駈け抜け、酒宴の人たちを仰天させ、犬を蹴(け)とばし、小川を飛び越え、少しずつ沈んでゆく太陽の、十倍も早く走った。一団の旅人と颯(さ)っとすれちがった瞬間、不吉な会話を小耳にはさんだ。「いまごろは、あの男も、磔にかかっているよ。」ああ、その男、その男のために私は、いまこんなに走っているのだ。その男を死なせてはならない。急げ、メロス。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。風態なんかは、どうでもいい。メロスは、いまは、ほとんど全裸体であった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。見える。はるか向うに小さく、シラクスの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。
「ああ、メロス様。」うめくような声が、風と共に聞えた。
「誰だ。」メロスは走りながら尋ねた。
「フィロストラトスでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます。」その若い石工も、メロスの後について走りながら叫んだ。「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの方(かた)をお助けになることは出来ません。」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
「ちょうど今、あの方が死刑になるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」メロスは胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。走るより他は無い。
「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のお命が大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。刑場に引き出されても、平気でいました。王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」
「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。人の命も問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い! フィロストラトス。」
「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。」
 
 言うにや及ぶ。まだ陽は沈まぬ。最後の死力を尽して、メロスは走った。メロスの頭は、からっぽだ。何一つ考えていない。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。間に合った。
「待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」と大声で刑場の群衆にむかって叫んだつもりであったが、喉(のど)がつぶれて嗄(しわが)れた声が幽(かす)かに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかない。すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたセリヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。メロスはそれを目撃して最後の勇、先刻、濁流を泳いだように群衆を掻きわけ、掻きわけ、
「私だ、刑吏! 殺されるのは、私だ。メロスだ。彼を人質にした私は、ここにいる!」と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく友の両足に、齧(かじ)りついた。群衆は、どよめいた。あっぱれ。ゆるせ、と口々にわめいた。セリヌンティウスの縄は、ほどかれたのである。
「セリヌンティウス。」メロスは眼に涙を浮べて言った。「私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君が若(も)し私を殴ってくれなかったら、私は君と抱擁する資格さえ無いのだ。殴れ。」
 
 セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯(うなず)き、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑(ほほえ)み、
「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れて、はじめて君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱擁できない。」
 
 メロスは腕に唸(うな)りをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。
「ありがとう、友よ。」二人同時に言い、ひしと抱き合い、それから嬉し泣きにおいおい声を放って泣いた。
 群衆の中からも、歔欷(きょき)の声が聞えた。暴君ディオニスは、群衆の背後から二人の様を、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔をあからめて、こう言った。
「おまえらの望みは叶(かな)ったぞ。おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。どうか、わしの願いを聞き入れて、おまえらの仲間の一人にしてほしい。」
 
 どっと群衆の間に、歓声が起った。
「万歳、王様万歳。」
 ひとりの少女が、緋(ひ)のマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。佳き友は、気をきかせて教えてやった。
「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸体を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
 
 勇者は、ひどく赤面した。

(古伝説と、シルレルの詩から。)

赤蛙

島木健作

 寝つきりに寝つくやうになる少し前に修善寺へ行つた。その頃はもうずゐぶん衰弱してゐたのだが、自分ではまだそれほどとは思つてゐなかつた。少し体を休めれば、ぢきに元気を回復するつもりでゐた。温泉そのものは消極性の自分の病気には却つてわるいので、私はただ静かな環境にたつたひとりでゐることを欲したのである。修善寺は前に一晩泊つたことがあるきりで、べつにいい所だとも思はなかつたが、ほかに行くつもりだつた所が、宿の都合がわるいと断つて来たので、そこにしたのだつた。
 
 宿についた私はその日のうちにもうすつかり失望して、来たことを後悔しなければならなかつた。実にひどい部屋に通されたのだ。それは三階の端に近いところで、一日ぢゆう絶対に陽の射す気づかひはなく、障子を立てると昼すぎの一番明るい時でも持つて来た小型本を読むのが苦労だつた。秋もまだ半ば頃なのだが山の空気は底冷えがする。熱も少しあるらしく、冷(ひ)いやりとした風が襟(えり)もとや首すぢにあたるごとにぞくぞくする。それに風のかげんで厠臭(ししう)がひどくて堪へられぬ。誰でもさうだらうが、私も体が弱るにつれて、それが悪臭なら無論、芳香であつても、すべてのにほひといふにほひには全く堪(こら)へ性(しやう)がなくなつてしまふのである。それで私はどうしても障子を立てて、一日その薄暗いなかに閉ぢこもつてゐなければならなかつた。
 
 私は時々立つて障子を開けて、向ひ側の陽のよくあたる明るい部屋部屋を上から下まで、羨(うらやま)しさうに眺めやつた。広い縁側の長椅子の上に長々と横になつてゐる人間たちを眺めやつた。客はさう混んでゐるとも思へなかつた。私はいきなり飛び込んだ客ではなくて、予(あらかじ)め手紙で問ひ合してから来た者でもある。私は女中を呼んで部屋を代へることを交渉したが、少しも要領を得なかつた。
 
 一人客の滞在客といふ、かういふ宿にとつての、一番の嫌はれもので、私はあつたのだ。明いてゐるいい部屋は幾つあつても、それらは女連れなどで来て遊んで帰る者たちのためにだけ取つてある。その春放送局の用事で福島県の農村地方を廻つた時は、土地の人にある温泉地へ案内されたが、靴を脱いで上へあがつてから泊るのは一人だとわかると、いきなりそんなら部屋はないといはれ、帚(はうき)で掃くやうにして追ひ立てられた時のことを思ひ出した。軍需成金共が跋扈(ばつこ)してゐて、一人静かに書を読まうとか、傷ついた心身を休めようとか、さういふやうなものは問題ではないのだ。さうかと思ふと一方にはまた温泉組合の機関雑誌といふものがあり、「我々温泉業者も新体制に即応し、国民保健の担当者たることを自覚し……」などと書いて、我々の所へも送つて来たりしてゐるのである。
 
 つまらぬことに腹は立てまい、ちよつとしたことにものぼせるのは自分の欠点だ、怒気ほど心身をやぶるものはない、この頃は特にさう思ひ思ひして来てゐる自分なのだが、怒りがムラムラと発して来てどうにもならなかつた。この堪(こら)へ性(しやう)のなさもやはり病気が手伝つてゐた。無理をして余裕をつくり、いろいろ楽しい空想をして来たのにと思ふと、読むために持つて来た本を見てさへいまいましくてならない。不機嫌を通り越して毒念ともいふべきものがのた打つて来た。食欲は全くなかつた。時分どきになると、無表情な無愛想な女が、黙つてはひつて来て、料理の名をならべた板を黙つて突き出す。こつちも黙つて、ろくすつぽう見もしないで、そのなかのどれかこれかを、指の頭でおす。
 
 新しい宿を探して見ようといふ気力さへなかつた。さうかといつてさつさと引きあげて帰るといふ決断力もなかつた。
 
 自然、飯の時のほかは外に出てゐるといふ日が多くなつた。範頼(のりより)の墓があるといふ小山や公園や梅園や、そんな所へ行つてそこの日だまりにしやがんでぼんやり時を過して帰つてくるのだ。
 
 或る日私は桂川の流れに沿つて上つて行つた。かなり歩いてから戻つて来て、疲れたのでどこか腰を下ろす所と思つてゐると、川をすぐ下に見下ろす道ばたに、大きな石が横たはつてゐるのを見た。畳半分ほどの大きさでしかも上が真(ま)つ平(たひら)な石である。私はその上に腰をかけて額の汗をぬぐつた。あたりには人影もない明るい秋の午後である。私は軽い貧血を起したやうなぼんやりした気持で、無心に川を見下ろしてゐた。川は両岸から丁度同じ程の距離にあるあたりが、土がむき出して洲(す)になつてゐる。しかしそれは長さも幅も、それほど大きなものではない。流れはすぐまた合して一つになつてゐる。こつちの岸の方が深く、川のなかには大きな石が幾つもあつて、小さな淵を作つたり、流れが激しく白く泡立つたりしてゐる。底は見えない。向う岸に近いところは浅く、河床はすべすべの一枚板のやうな感じの岩で、従つて水は音もなく速く流れてゐる。
 
 ぼんやり見てゐた私はその時、その中洲(なかす)の上にふと一つの生き物を発見した。はじめは土塊(つちくれ)だとさへ思はなかつたのだが、のろのろとそれが動きだしたので、気がついたのである。気をとめて見るとそれは赤蛙だつた。赤蛙としてもずゐぶん大きい方にちがひない、ヒキガヘルの小ぶりなのぐらゐはあつた。秋の陽に背なかを干してゐたのかも知れない。しかし背なかは水に濡れてゐるやうで、その赤褐色はかなりあざやかだつた。それが重さうに尻をあげて、ゆつくりゆつくり向うの流れの方に歩いて行くのだつた。赤蛙は洲の岸まで来た。彼はそこでとまつた。一休止したと思ふと、彼はざんぶとばかり、その浅いが速い流れのなかに飛びこんだ。
 
 それはいかにもざんぶとばかりといふにふさはしい飛び込み方だつた。いかにも跳躍力のありさうな長い後肢(あとあし)が、土か空間かを目にもとまらぬ速さで蹴つてピンと一直線に張つたと見ると、もう流れのかなり先へ飛び込んでゐた。さつきのあの尻の重さうな、のろのろとした、ダルな感じからはおよそかけはなれたものであつた。私は目のさめるやうな気持だつた。遠道(とほみち)に疲れたその時の貧血的な気分ばかりではなく、この数日来の晴ればれしない気分のなかに、新鮮な風穴が通つたやうな感じだつた。
 
 赤蛙は一生懸命に泳いで行く。彼は向う岸に渡らうとしてゐるのだ。川幅はさほどでもないのだが、しかし先に言つたやうに流れは速い。その流れに逆らふやうにして頭を突つ込んで泳いで行く赤蛙はまん中頃の水勢の一番強いらしい所まで行くと、見る見る押し流されてしまつた。流されながらちよつともがくやうに身振りをしたかと思ふと、それは一瞬、私の視野から消えてしまつた。波に呑まれてしまつたのだ。私ははツと思つて目をこらした。するとやがてそれは不意に、思ひがけないところに、ぽつかりと浮いて、姿をあらはした。中洲の一番の端――中洲が再び水のなかに没し去らうとするその突端に辛(から)うじて這(は)ひ上つたともいふやうな恰好で、取り附いてゐるのだつた。
 
 赤蛙は岸へ上つた。そこで一休みしてゐた。私にはその大きな腹が、喘(あへ)いだ呼吸に波打つてでもゐるやうな気がした。やがて赤蛙はのたりのたり歩きだした。そして、元の所へ――私が最初に彼を発見したその場所まで来ると、そこにうづくまつたのである。
 
 何かを期待してぢつと一所を見つめてゐるといふのは長いものだ。それは長く思はれたが、五分は経たなかつただらう、赤蛙は再び動きだした。前と同じやうに流れの方へ向つて。そして飛び込んだ、これも前と同じに。一生懸命に泳ぎ、押し流され、水中に姿を没し、中洲の突端に取りつき、這ひ上り、またもとの所へ来てうづくまる、――何から何までが前の時とおなじ繰り返しだつた。そして今不思議な見ものを見るやうな思ひで凝視してゐる私の目の前で赤蛙は又もや流れへ向つて歩きだしたのである。
 
 私は赤蛙をはじめて見つけた時、その背なかの赤褐色が、濡れたやうに光つてゐたことを思ひだした。して見ると私は初めから見たのではない。私が見る前に、赤蛙はもう何度この繰り返しをやつてゐたものかわからない。
「馬鹿な奴だな!」私は笑ひだした。
 
 赤蛙は向う岸に渡りたがつてゐる。しかし赤蛙はそのために何もわざわざ今渡らうとしてゐるその流れをえらぶ必要はないのだ。下が一枚板のやうな岩になつてゐるために速い流れをなしてゐる所が全部ではない。急流のすぐ上に続くところは、澱(よど)んだゆつくりとした流れになつてゐる。流れは一時そこで足を止め、深く水を湛(たた)へ、次の浅瀬の急流にそなへてでもゐるやうな所なのである。その小さな淵の上には、柳のかなりな大木が枝さへ垂らしてゐるといふ、赤蛙にとつては誂(あつら)へ向(む)きの風景なのだ。なぜあの淵を渡らうとはせぬのだらう?
 
 私がそんなことを考へてゐる間にも、赤蛙は又も失敗して戻つて来た。私はそろそろ退屈しはじめてゐた。私は道路から幾つかの石を拾つて来て、中洲を目がけて投げはじめた。赤蛙を打たうといふ気はなかつた。私はただ彼を驚かしてやりたかつた。彼に周囲を見まはすきつかけをつくり、気づかせてやりたかつた。石は赤蛙の周囲に幾つも落ちた。速い流れにも落ちた。淵にも落ちて、どぶんといふ音はこつちを見よとでもいふかのやうだつた。赤蛙はびくつとしたやうに頭を上げたり、ちよつと立ち止つたりしたが、しかし結局予定通り動くことをやめなかつた。飛び込んで泳ぐこともやめなかつた。
 
 私は石を投げることをやめて、また石の上に腰を下ろした。
 
 秋の日はいつか日がかげりつつあつた。山や森の陰の所は薄蒼(うすあを)くさへなつて来てゐた。私は冷えが来ぬうちに帰らねばならなかつた。しかし私は立ち去りかねてゐた。
 
 次第に私は不思議な思ひにとらはれはじめてゐた。赤蛙は何もかにも知つてやつてゐるのだとしか思へない。そこには執念深くさへもある意志が働いてゐるのだとしか思へない。微妙な生活本能をそなへたこの小動物が、どこを渡れば容易であるか、あの小さな淵がそれであることなどを知らぬわけはない。赤蛙はある目的をもつて、意志をもつて、敢て困難に突入してゐるのだとしか思へない。彼にとつて力に余るものに挑(いど)み、戦つてこれを征服しようとしてゐるのだとしか思へない。私はあの小さな淵の底には、その上を泳ぎ渡る赤蛙を一呑みにするやうな何かが住んでゐるのかも知れない、あるひはまたあの柳の大木の陰には、上から一呑みにするやうな蛇の類がひそんでゐるのかも知れない、といふやうなことも考へてみた。しかしその時の私にはそんなことを抜きにしてさきのやうに考へることの方が自然だつた。その方が自分のその時の気持にぴつたりとした。
 
 赤蛙は依然として同じことを繰り返してゐる。はじめのうちは「これで六回、これで七回」などと面白がつて数へてゐた私は、そのうち数へることもやめてしまつた。川の面の日射しがかげり出す頃からは赤蛙の行動は何か必死な様相をさへも帯びて来た。再び取りかかる前の小休止の時間も段々短かくなつて行くやうだつた。一度はもうちよつとの所で向う岸に取りつくかと見えたが、やはり流された。それが精魂を傾け尽した最後だつたかも知れない。それからは目に見えて力もなく脆(もろ)く押し流されてしまふやうに見えた。坂を下る車の調子で力が尽きて行くやうに見えた。
 
 吹く風も俄(にはか)に冷たくなつて来たし、私は諦(あきら)めて立ち上つた。道風(たうふう)の雨蛙は飛びつくことに成功したがこの赤蛙はだめだらう……私は立つて裾のあたりを払つた。もう一度、最後に、川の面に眼をやつた。
 
 私は思はず眼を見張つた。ほんのその数瞬の間に赤蛙は見えなくなつてしまつてゐた。私はまた中洲の突端に取りついて浮び上る彼の姿を待つてゐたが、今度はいつまでたつても現れなかつた。遂に成功して向う岸にたどりついたのだとはどうしても思へなかつた。私は未練らしく川のあちらこちらを何度も眺め廻したあとでたうとうそこを立ち去つてしまつた。
 
 しかし川に沿うて下つて、まだ五間と行かぬうちに、思ひもかけぬところで再び彼と逢つたのである。
 
 今度はすぐ眼の下、こつち岸に近いところだつた。そこは水も深く大石が幾つもならんでゐて、激して泡立つた流れの余勢が、石と石との間で蕩揺(たうえう)したり渦(うづ)を作つたりしてゐた。そしてさういふ石陰の深みの一つに赤蛙は落ち込んでゐるのだつた。かうなつた順序は明らかだつた。押し流される毎に中洲の突端にすがりついてゐた彼は、もうその力もなくなつて流されるがままになつたのだ。洲をはさんで一つに合した水の流れは大きく強くなつて、煽(あふ)るやうな勢で、こつち岸へ叩きつけてよこしたのだ。事態は赤蛙にとつて、悲惨なことになつてしまつてゐた。彼は蕩揺する波に全く飜弄(ほんろう)されつつある。辛うじて浮いてゐるに過ぎぬやうだが、それが彼の必死の姿であることは、彼の浮いてゐる石陰のすぐ近くには渦巻があつて、絶えずそこへ彼を引きずり込まうとしてゐることからもわかるのだつた。彼に残された活路はたつた一つきりだつた。石に這ひ上ることである。だが、その石の面たるや殆ど直立してゐて、その上に水垢(みづあか)でてらてらに滑つこくなつてゐるのだ。長い後肢も水中では跳躍力もきかず、無力に伸ばしたりかがめたりするのみだつた。時々彼の前肢は石の小さな窪みに取りついたが、すぐにくるつと引つ繰り返つて紅い斑点のある黄色な腹を空しくもがいた。私は何か長い棒のやうなものを差し伸べてやりたかつたが、そんなものはあたりには見あたらなかつた。今はただぢつとその帰趨(きすう)を見守つてゐるばかりである。
 
 やがて赤蛙は最後の飛びつきらしいものを石の窪みに向つて試みた。さうしてくるつとひつくりかへると黄色い腹を上にしたまま、何の抵抗らしいものも示さずに、むしろ静かに、すーと消えるやうなおもむきで、渦巻のなかに呑みこまれて行つた。私は流れに沿うて小走りに走つた。赤蛙が再び浮くかも知れぬ川面(かはづら)のあたりに眼をこらした。しかし彼は今度はもう二度と浮き上つては来なかつた。
 
 私はあたりが急に死んだやうに静かになつたのを感じた。事実にはかに薄暗くなつても来てゐた。私は歩きながらさつきからのことを考へつづけた。秋の夕べ、不可解な格闘を演じたあげく、精魂尽きて波間に没し去つた赤蛙の運命は、滑稽といふよりは悲劇的なものに思へた。彼を駆り立ててゐたあの執念の原動力は一体何であつたのだらう。それは依然わからない。わかる筈もない。しかし私には本能的な生の衝動以上のものがあるとしか思へなかつた。活動にはひる前にぢつとうづくまつてゐた姿、急流に無二無三に突つ込んで行つた姿、洲の端につかまつてほつとしてゐた姿、――すべてそこには表情があつた。心理さへあつた。それらは人間の場合のやうにこつちに伝はつて来た。明確な目的意志にもとづいて行動してゐるものからでなくてはあの感じは来ない。ましてや、あの波間に没し去つた最後の瞬間に至つては。そこには刀折れ、矢尽きた感じがあつた。力の限り戦つて来、最後に運命に従順なものの姿があつた。さういふものだけが持つ静けささへあつた。馬とか犬とか猫とかいふやうな人間生活のなかにゐるああいつた動物ではないのだ。蛙なのだ。蛙からさへこの感じが来る、といふこの事実が私を強く打つた。
 
 動物の生態を研究してゐる学者は案外簡単な説明を下すかも知れない。赤蛙の現実の生活的必要といふことから卑近な説明をするかも知れない。その説明は種明しに類するものかも知れない。そして力に余る困難に挑(いど)むことそれ自体が赤蛙の目的意志ででもあるかに考へてゐるやうな、私の迂愚(うぐ)を嗤(わら)ふであらう。私はしかし必ずさうだといふのではない。動物学者の説明の通りであつてもいい。だが蛙の如き小動物からさへああいふ深い感じを受けたといふその事、あの深い感じそのものは、学者のどのやうな説明を以てしてもおそらく尽すことは出来ぬのである。
 
 私は自然界の神秘といふことを深く感じてゐた。私としては実に久方ぶりのことであつた。天体の事、宇宙のことを考へ、そこを標準として考へを立てて見る、といふことは私などにも時たまある。それは一種の逃避かも知れない。しかし豁然(くわつぜん)とした救はれたやうな心の状態を得るのが常である。その時と今とは同じではない。しかし自然の神秘を考へる時にもたらされる、厳粛な敬虔(けいけん)なひきしまつた気持、それでゐて何か眼に見えぬ大きな意志を感じてそこに信頼を寄せてゐる感じには両者に共通なものがあつた。
 
 私は昼出た時とは全くちがつた気持になつて宿へ帰つた。臭い暗い寒い部屋も、不親切な人間たちも、今はもう何も苦にはならなかつた。私はしばらくでも俗悪な社会と人生とを忘れることができたのである。
 
 私は翌日その地を去つた。たづさへて来た一冊の書物も読まず、ただあの赤蛙の印象だけを記憶の底にとどめながら。
 
 病気で長く寝つくやうになつてからも、私は夢のなかで赤蛙に逢つた。私は夢のなかで色を見るといふことはめつたにない人間だ。しかし波間に没する瞬間の赤蛙の黄色い腹と紅の斑紋とは妖(あや)しいばかりに鮮明だつた。

(昭和二十一年一月)

藤十郎の恋

菊池寛


 元禄(げんろく)と云う年号が、何時(いつ)の間にか十余りを重ねたある年の二月の末である。
 
 都では、春の匂(にお)いが凡(すべ)ての物を包んでいた。ついこの間までは、頂上の処だけは、斑(まだら)に消え残っていた叡山(えいざん)の雪が、春の柔い光の下に解けてしまって、跡には薄紫を帯びた黄色の山肌(やまはだ)が、くっきりと大空に浮んでいる。その空の色までが、冬の間に腐ったような灰色を、洗い流して日一日緑に冴(さ)えて行った。
 
 鴨(かも)の河原には、丸葉柳(まるはやなぎ)が芽ぐんでいた。その礫(こいし)の間には、自然咲の菫(すみれ)や、蓮華(れんげ)が各自の小さい春を領していた。河水は、日増(ひまし)に水量を加えて、軽い藍色(あいいろ)の水が、処々の川瀬にせかれて、淙々(そうそう)の響を揚げた。
 
 黒木を売る大原女(おはらめ)の暢(の)びやかな声までが春らしい心を唆(そそ)った。江戸へ下る西国大名の行列が、毎日のように都の街々を過ぎた。彼等は三条の旅宿に二三日の逗留(とうりゅう)をして、都の春を十分に楽しむと、また大鳥毛(おおとりげ)の槍(やり)を物々しげに振立てて、三条大橋の橋板を、踏み轟(とどろ)かしながら、遙(はるか)な東路(あずまじ)へと下るのであった。
 
 東国から、九州四国から、また越路(こしじ)の端からも、本山参りの善男善女(ぜんなんぜんにょ)の群が、ぞろぞろと都をさして続いた。そして彼等も春の都の渦巻の中に、幾日かを過すのであった。
 
その裡(うち)に、花が咲いたと云う消息が、都の人々の心を騒がし始めた。祇園(ぎおん)清水(きよみず)東山(ひがしやま)一帯の花が先(ま)ず開く、嵯峨(さが)や北山(きたやま)の花がこれに続く。こうして都の春は、愈々(いよいよ)爛熟(らんじゅく)の色を為(な)すのであった。
 が、その年の都の人達の心を、一番烈(はげ)しく狂わせていたのは、四条中島都万太夫座(みやこまんだゆうざ)の坂田藤十郎と山下半左衛門座の中村七三郎との、去年から持越しの競争であった。
 
 三ヶ津の総芸頭(そうげいがしら)とまで、讃(たた)えられた坂田藤十郎は傾城買(けいせいかい)の上手(じょうず)として、やつしの名人としては天下無敵の名を擅(ほしいまま)にしていた。が、去年霜月、半左衛門の顔見世(かおみせ)狂言に、東から上った少長(しょうちょう)中村七三郎は、江戸歌舞伎の統領として、藤十郎と同じくやつしの名人であった。二人は同じやつしの名人として、江戸と京との歌舞伎の為にも、烈しく相争わねばならぬ宿縁を、持っているのであった。
 
 京の歌舞伎の役者達は、中村七三郎の都上りを聴いて、皆異常な緊張を示した。が、その人達の期待や恐怖を裏切って七三郎の顔見世狂言は、意外な不評であった。見物は口々に、
「江戸の名人じゃ、と云う程に、何ぞ珍らしい芸でもするのかと思っていたに、都の藤十郎には及び付かぬ腕じゃ」と罵(ののし)った。七三郎を譏(そ)しる者は、ただ素人(しろうと)の見物だけではなかった。彼の舞台を見た役者達までも、
「江戸の少長は、評判倒れの御仁じゃ、尤(もっと)も江戸と京とでは評判の目安も違うほどに江戸の名人は、京の上手にも及ばぬものじゃ。所詮(しょせん)物真似(ものまね)狂言は都のものと極わまった」と、勝誇るように云い振れた。が、七三郎を譏しる噂(うわさ)が、藤十郎の耳に入ると、彼は眉(まゆ)を顰(ひそ)めながら、
「われらの見るところは、また別じゃ。少長どのは、まことに至芸のお人じゃ。われらには、怖(おそ)ろしい大敵じゃ」と、只一人世評を斥(しりぞ)けたのであった。

        二

 果して藤十郎の評価は、狂っていなかった。顔見世狂言にひどい不評を招いた中村七三郎は、年が改まると初春の狂言に、『傾城(けいせい)浅間(あさま)ヶ嶽(だけ)』を出して、巴之丞(とものじょう)の役に扮(ふん)した。七三郎の巴之丞の評判は、すさまじいばかりであった。
 
 藤十郎は、得意の夕霧(ゆうぎり)伊左衛門を出して、これに対抗した。二人の名優が、舞台の上の競争は、都の人々の心を湧(わ)き立たせるに十分であった。が新しき物を追うのは、人心の常である。口性(くちさが)なき京童(きょうわらべ)は、
「藤十郎どのの伊左衛門(いさえもん)は、いかにも見事じゃ、が、われらは幾度見たか数えられぬ程じゃ。去年の弥生(やよい)狂言も慥(たし)か伊左衛門じゃ。もう伊左衛門には堪能いたしておるわ。それに比ぶれば、七三郎どのの巴之丞は、都にて初ての狂言じゃ。京の濡事師(ぬれごとし)とはまた違うて、やさしい裡(うち)にも、東男(あずまおとこ)のきついところがあるのが、てんと堪(たま)らぬところじゃ」と口々に云い囃(はや)した。
 
 動き易(やす)い都の人心は、十年讃嘆(さんたん)し続けた藤十郎の王座から、ともすれば離れ始めそうな気勢(けはい)を示した。万太夫座の木戸よりも、半左衛門座の木戸の方へと、より沢山の群衆が、流れ始めていた。
 
 春狂言の期日が尽きると、万太夫座は直(す)ぐ千秋楽になったにも拘(かかわ)らず、半左衛門座は尚(なお)打ち続けた。二月に入っても、客足は少しも落ちなかった。二月が終りになって、愈々(いよいよ)弥生狂言の季節が、近づいて来たのにも拘わらず、七三郎は尚巴之丞の役に扮して、都大路の人気を一杯に背負うていた。
「半左衛門座では、弥生狂言も『傾城浅間ヶ嶽』を打ち通すそうじゃが、かような例は、玉村千之丞河内(かわち)通いの狂言に、百五十日打ち続けて以来、絶えて聞かぬ事じゃ。七三郎どのの人気は、前代未聞(みもん)じゃ」と、巷(ちまた)の風説(うわさ)は、ただこの沙汰(さた)ばかりのようであった。
 
 こうした噂(うわさ)が、かまびすしくなるにつれ、私(ひそか)に腕を拱(こまね)いて考え始めたのは、坂田藤十郎であった。
 
 三ヶ津総芸頭と云う美称を、長い間享受して来た藤十郎は、自分の芸に就(つい)ては、何等の不安もないと共に、十分な自信を持っていた。過ぐる未年(ひつじどし)に才牛(さいぎゅう)市川団十郎が、日本随市川のかまびすしい名声を担(にの)うて、東(あずま)からはるばると、都の早雲長吉座(はやぐもちょうきちざ)に上って来た時も、藤十郎の自信はビクともしなかった。『お江戸団十郎見しゃいな』と、江戸の人々が誇るこの珍客を見る為めに、都の人々が雪崩(なだれ)を為(な)して、長吉座に押し寄せて行った時も、藤十郎は少しも騒がなかった。殊(こと)に、彼が初めて団十郎の舞台を見た時に、彼は心の中で窃(ひそか)に江戸の歌舞伎を軽蔑(けいべつ)した。彼は、団十郎が一流編み出したと云う荒事を見て、何と云う粗野な興ざめた芸だろうと思って、彼の腹心の弟子の山下京右衛門が、
「太夫(たゆう)様、団十郎の芸をいかが思召(おぼしめ)さる、江戸自慢の荒事とやらをどう思召さる」と訊(き)いた時、彼は慎(つつ)ましやかな苦笑を洩(もら)しながら「実事(じつごと)の奥義の解せぬ人達のする事じゃ。また実事の面白さの解せぬ人達の見る芝居じゃ」と、一言の下に貶(けな)し去った。が今度の七三郎に対しては、才牛をあしろうたようには行かなかった。

        三

 と、云って藤十郎は、妄(むげ)に七三郎を恐れているのではない。もとより、団十郎の幼稚な児騙(ちごだま)しにも似た荒事とは違うて、人間の真実な動作(しうち)をさながらに、模(うつ)している七三郎の芸を十分に尊敬もすれば、恐れもした。が、藤十郎は芸能と云う点からだけでは、自分が七三郎に微塵(みじん)も劣らないばかりでなく、寧(むし)ろ右際勝(みぎわまさ)りであることを十分に信じた。従って、今まで足り満ちていた藤十郎の心に不安な空虚と不快な動揺とを植え付けたのは、七三郎との対抗などと云う事よりも、もっと深いもっと本質的なある物であった。
 
 彼は、二十の年から四十幾つと云う今まで、何の不安もなしに、濡事師(ぬれごとし)に扮(ふん)して来た。そして、藤十郎の傾城買(けいせいかい)と云えば、竜骨車(りゅうこしゃ)にたよる里の童にさえも、聞えている。また京の三座見物達も藤十郎の傾城買の狂言と言えば、何時もながら惜し気もない喝采(かっさい)を送っていた。彼が、伊左衛門の紙衣姿(かみこすがた)になりさえすれば、見物はたわいもなく喝采した。少しでも客足が薄くなると、彼は定まって、伊左衛門に扮した。しかも、彼の伊左衛門役は、トラムプの切札か何かのように、多くの見物と喝采とを、藤十郎に保証するのであった。
 
 が、彼は心の裡(うち)で、何時(いつ)となしに、自分の芸に対する不安を感じていた。いつも、同じような役に扮して、舌たるい傾城を相手の台詞(せりふ)を云うことが、彼の心の中に、ぼんやりとした不快を起すことが度(たび)重なるようになっていた。が、彼は未(ま)だいいだろう、未だいいだろうと思いながら一日延ばしのように、自分の仕馴(しな)れた喝采を獲(う)るに極(きま)った狂言から、脱け出そうと云う気を起さなかったのである。
 
 こうした藤十郎の心に、怖(おそ)ろしい警鐘は到頭伝えられたのだ。「また何時もながら伊左衛門か、藤十郎どのの紙衣姿は、もう幾度見たか、数えきれぬ程じゃ」と、云う巷(ちまた)の評判は、藤十郎に取っては致命的な言葉であった。彼が、怖れたのは七三郎と云う敵ではなかった。彼の大敵は、彼自身の芸が行き詰まっていることである。今までは、比較される物のない為に、彼の芸が行き詰まっている事が、無智な見物には分らなかったのである。彼は、七三郎の巴之丞を見た時に、傾城買の世界とは、丸きり違った新しい世界が、舞台の上に、浮き出されている事を感じない訳には、行かなかった。ただ浮ついた根も葉もないような傾城買の狂言とは違うて、一歩深く人の心の裡に踏み入った世界が、舞台の上に展開されて来るのを認めない訳には行かなかった。見物は、傾城買の狂言から、たわいもなく七三郎の舞台へ、惹(ひ)き付けられて行った。が、藤十郎は、見物のたわいもない妄動(もうどう)の裡に、深い尤(もっと)もな理由のあるのを、看取しない訳には行かなかったのである。
 
 小手先の芸の問題ではなかった。彼は、もっと深い大切なところで、若輩の七三郎に一足取残されようとしたのである。七三郎の巴之丞が、洛中(らくちゅう)洛外の人気を唆(そそ)って、弥生狂言をも、同じ芸題(だしもの)で打ち続けると云う噂を聞きながら、藤十郎は烈しい焦躁(しょうそう)と不安の胸を抑えて、じっと思案の手を拱(こま)ぬいたのである。その時に、ふと彼の心に浮んだのは、浪華(なにわ)に住んでいる近松門左衛門の事であった。

        四

 それは、二月のある宵であった。四条中東(ちゅうとう)の京の端、鴨川(かもがわ)の流近く瀬鳴(せなり)の音が、手に取って聞えるような茶屋宗清(むねせい)の大広間で、万太夫座の弥生狂言の顔つなぎの宴が開かれていた。
 
 広間の中央、床柱を背にして、銀燭(ぎんしょく)の光を真向に浴びながら、どんすの鏡蒲団(かがみぶとん)の上に、悠(ゆ)ったりと坐り、心持脇息(きょうそく)に身を靠(もた)せているのは、坂田藤十郎であった。茶せんに結った色白の面は、四十を越した男とは、思われぬ程の美しさに輝いて見えた。下には鼠縮緬(ねずみちりめん)の引(ひっ)かえしを着、上には黒羽二重(はぶたえ)の両面芥子人形(ふたつめんけしにんぎょう)の加賀紋(かがもん)の羽織を打ちかけ、宗伝唐茶(そうでんからちゃ)の畳帯をしめていた。藤十郎の右に坐っているのは、一座の若女形(わかおやま)の切波千寿(きりなみせんじゅ)であった。白小袖(しろこそで)の上に、紫縮緬の二つ重ねを着、虎膚天鵞絨(とらふびろうど)の羽織に、紫の野良帽子(やろう)をいただいた風情(ふぜい)は、さながら女の如く艶(なま)めかしい、この二人を囲んで、一座の道化方、くゎしゃ方、若衆方などの人々が、それぞれ華美な風俗の限を尽して居並んでいた。その中に、只一人千筋の羽織を着た質素な風俗をした二十五六の男は、万太夫座の若太夫であった。彼は、先刻から酒席の間を、彼方此方(あっちこっち)と廻って、酒宴の興を取持っていたが、漸(ようや)く酩酊(めいてい)したらしい顔に満面の微笑を湛(たた)えながら、藤十郎の前に改めて畏(かしこ)まると、恐る恐る酒盃(さかずき)を前に出した。
「さあ、もう一つお受け下されませ。今度の弥生狂言は、近松様の趣向で、歌舞伎始まっての珍らしい狂言じゃと、都の中はただこの噂ばかりじゃげにござります。傾城買の所作(しょさ)は日本無双と云われた御身様(おみさま)じゃが、道ならぬ恋のいきかたは、又格別の御思案がござりましょうなハハハハ」と、巧な追従(ついしょう)笑いに語尾を濁した。と、藤十郎と居並んでいる切波千寿は、急に美しい微笑を洩(もら)しながら、
「ホンに若太夫殿の云う通じゃ。藤十郎様には、その辺の御思案が、もうちゃんと付いている筈(はず)じゃ。われなどは、ただ藤十郎様に操(あやつ)られて傀儡(くぐつ)のように動けばよいのじゃ」と、合槌(あいづち)を打った。
 
 藤十郎は、若太夫の差した酒盃を、受け取りはしたものの、彼の言葉にも、千寿の言葉にも、一言も返しをしなかった。彼は、酒の味が、急に苦くなったように、心持顔を顰(しか)めながら、グット一気にその酒盃を飲み乾(ほ)したばかりであった。
 
 彼は、今宵(こよい)の酒宴が、始まって以来、何気ない風に酒盃を重ねてはいたものの、心の裡(うち)には、可なり烈しい芸術的な苦悶(くもん)が、渦巻いているのであった。
 
 彼が、近松門左衛門に、急飛脚を飛ばして、割なく頼んだことは、即座に叶(かな)えられたのであった。今までの傾城買とは、裏と表のように、打ち変った狂言として、門左衛門が藤十郎に書与えた狂言は、浮ついた陽気なたわいもない傾城買の濡事とは違うて、命を賭(と)しての色事であった。打ち沈んだ陰気な、懸命な命を捨ててする濡事であった。芸題は『大経師(だいきょうじ)昔暦(むかしごよみ)』と云って、京の人々の、記憶にはまだ新しい室町(むろまち)通の大経師の女房おさんが、手代(てだい)茂右衛門(もえもん)と不義をして、粟田口(あわたぐち)に刑死するまでの、呪(のろ)われた命懸けの恋の狂言であった。
 
 藤十郎の芸に取って、其処(そこ)に新しい世界が開かれた。がそれと同時に、前代未聞(みもん)の狂言に対する不安と焦慮とは、自信の強い彼の心にも萌(きざ)さない訳には行かなかった。

        五

 藤十郎の心に、そうした屈託があろうとは、夢にも気付かない若太夫は、芝居国の国王たる藤十郎の機嫌(きげん)を、如何(いか)にもして取結ぼうと思ったらしく、
「この狂言に比べましては、七三郎殿の『浅間ヶ嶽』の狂言も童(わらべ)たらしのように、曲ものう見えまするわ。前代未聞の密夫(みそかお)の狂言とは、さすがに門左衛門様の御趣向じゃ。それに付けましても、坂田様にはこうした変った恋のお覚えもござりましょうなハハハハ」と、時にとっての座興のように高々と笑った。
 
 今まで、おし黙っていた藤十郎の堅い唇(くちびる)が、綻(ほころ)びたかと思うと、「左様な事、何のあってよいものか」と、苦りきって吐き出すように云った。「藤十郎は、生れながらの色好みじゃが、まだ人の女房と念頃(ねんごろ)した覚えはござらぬわ」と、冷めたい苦笑を洩(もら)しながら付け加えた。若太夫は、座興の積(つもり)で云った諧謔(たわむれ)を、真向(まっこう)から突き飛ばされて、興ざめ顔に黙ってしまった。
 
 傍に坐っていた切波千寿は、一座が白けるのを恐れたのであろう。取做(とりな)し顔に、微笑を含みながら、
「ほんに、坂田様の云われる通じゃ。この千寿とても、主ある女房と、念ごろした事はないわいな」と、云いながら女のように美しい口を掩(おお)うた。
 
 が、藤十郎は、前よりも一際(ひときわ)、苦りきったままであった。彼は今心の裡で、僅(わず)か三日の後に迫った初日を控えて、芸の苦心に肝胆を砕いていたのである。彼に取って、其処(そこ)に可なり危険な試金石が横(よこた)わっている。『あれ見よ、密夫の狂言とは、名ばかりで相も変らぬ藤十郎じゃ』と、云われては、自分の芸は永久に廃(すた)れるのだと、彼は心の裡に、覚悟の臍(ほぞ)を堅めていた。ただ、相手の傾城が、人妻に変ったばかりで、昔ながらの藤十郎だとは、夢にも云わせてはならないと、心の裡に思い定めていた。
 
 が、それかと云って、藤十郎は、自分で口に出して云った通、道ならぬ恋をした覚はさらさらなかったのである。元より、歌舞伎役者の常として、色子(いろこ)として舞台を踏んだ十二三の頃から、数多くの色々の色情生活を閲(けみ)している。四十を越えた今日までには幾十人の女を知ったか分らない。彼の姿絵を、床の下に敷きながら、焦(こが)れ死んだ娘や、彼に対する恋の叶(かな)わぬ悲しみから、清水(きよみず)の舞台から身を投げた女さえない事はない。が、こうした生活にも拘(かかわ)らず、天性律義(りちぎ)な藤十郎は、若い時から、不義非道な色事には、一指をだに染めることをしなかった。そうした誘惑に接する毎(ごと)に、彼は猛然として、これと戦って来ている。彼が、役者にも似合わず『藤十郎殿は、物堅い御仁じゃ』と、云われて、芝居国の長者として、周囲から、尊敬されているのも、一つにはこうした訳からでもあった。
 
 従って、彼は、過去の経験から、人妻を盗むような必死な、空恐ろしい、それと同時に身を焼くように烈(はげ)しい恋に近い場合を、色々と尋ねてみたが、彼のどの恋もどの恋も極めて正当な、物柔かな恋であって、冬の海のように恐ろしい恋や、夏の太陽のような烈しい恋の場合は、どう考えても頭に浮んでは来なかった。

        六

 傾城買(けいせいかい)の経緯(いきさつ)なれば、どんなに微妙にでも、演じ得ると云う自信を持った藤十郎も、人妻との呪(のろ)われた悪魔的な、道ならぬ然(しか)し懸命な必死の恋を、舞台の上にどう演活(しいか)してよいかは、ほとほと思案の及ばぬところであった。これまでの歌舞伎狂言と云えば、傾城買のたわいもない戯れか、でなければ物真似(ものまね)の道化に尽きていた為に、こうした密夫(みそかお)の狂言などに、頼(たのま)れるような前代の名優の仕残した型などは、微塵(みじん)も残っていなかった。それかと云って、彼はこうした場合に、打ち明けて智慧(ちえ)を借るべき、相談相手を持っていなかった。彼の茂右衛門に、おさんを勤める切波千寿は、天性の美貌(びぼう)一つが、彼の舞台の凡(すべ)てであった。ただ、藤十郎の指図のままに、傀儡のごとく動くのが、彼の演伎(えんぎ)の凡てであったのだ。
 
 藤十郎は、自分自身の肝脳(あたま)を搾(しぼ)るより外には、工夫の仕方もなかったのである。
 
 藤十郎の不機嫌の背後に、そうした根本的な屈託が、潜んでいるとは気のつかない一座の人々は、白け始めようとする酒宴の座を、どうかして引き立たせようと、思ったのだろう、五十に手の届きそうな道化方の老優は、傍(そば)に坐っていた二十を出たばかりの、野良帽子(やろう)を着た美しい若衆方を促し立てながら、おどけた連舞(つれまい)を舞い始めた。
 
 藤十郎は、二人の舞を振向きもしないで、日頃には似ず、大杯を重ねて四度ばかり、したたかに飲み乾すと、俄(にわか)に発して来た酔に、座には得(え)堪(た)えられぬように、つと席を立ちながら、河原に臨んだ広い縁に出た。
 
 河原の闇(やみ)の底を流れる川水が、ほのかな光を放っている外は、晦日(みそか)に近い夜の空は曇って、星一つさえ見えなかった。声ばかり飛び交うているかのように、闇のなかに千鳥が、ちちと鳴きしきっていた。
 
 歌舞伎の長者として、王者のように誇を、持っていた藤十郎の心も、蹴合(けあわ)せに負けた鶏(とり)のように悄気(しょげ)きってしまっていた。彼が、座を立った為に、上からの圧迫の取れたように、急にはずみかけた酒宴の席のさわがしいどよめきを、後(あと)にしながら、彼は知らず知らず静寂な場所を求めて、勝手を知った宗清の部屋々々を通り抜けながら、奥の離座敷を志した。
 
 母屋(おもや)からは一段と、河原の中に突出ている離座敷には、人の気勢(けはい)もなかった。ただほんのりと灯(とも)っている、絹行燈(きぬあんどん)の光の裡に、美しい調度などが、春の夜に適(ふさわ)しい艶(なま)めいた静けさを保っていた。藤十郎は、人影の見えぬのを心の中に欣(よろこ)んだ。彼は、床の間に置いてあった脇息(きょうそく)を、取り下すと、それに右の肱(ひじ)を靠(もた)せながら、身を横ざまに伸したのである。
 
 が、騒々しい酒宴の席から、身を脱(のが)れた欣びは、直(す)ぐ消えてしまって、芸の苦心が再びひしひしと胸に迫って来る。明日からは稽古(けいこ)が始まる。肝腎要(かんじんかなめ)の茂右衛門の行き方が、定(きま)らいでは相手のおさんも、その他の人々もどう動いてよいか、思案の仕様もないことになる。己(おの)が工夫が拙(まず)うては、近松門左が心を砕いた前代未聞の狂言も、あたら京童の笑い草にならぬとも限らない。こう思いながら、藤十郎は胸の中に渦巻いている、もどかしさを抑えながら、一途(いちず)に心をその方へ振り向けようとあせった。
 
 その時である。母屋の方から、とんとんと離座敷を指して来る人の足音が、聞えて来た。

        七

 折角、さわがしい酒席を逃(のが)れて、求め得た静かな場所で、芸の苦心を凝らそうと思っていた藤十郎は、自分の方へ近づいて来る人の足音を聞いて、心持眉(まゆ)を顰(しか)めぬ訳には行かなかった。
 
 が、近づいて来る足音の主は、此処(ここ)に藤十郎が居ようなどとは、夢にも気付かないらしく、足早に長い廊下を通り抜けて、この部屋に近づくままに、女性らしい衣(きぬ)ずれの音をさせたかと思うと、会釈もなく部屋の障子を押し開いた。が、其処(そこ)に横たわっていた藤十郎の姿を見ると、吃驚(びっくり)して敷居際(しきいぎわ)に立ち竦(すく)んでしまった。
「あれ、藤(とう)様はここにおわしたのか。これはこれはいかい粗相を」と、云いながら、女は直ぐ障子を閉ざして、去ろうとしたが、又立ち直って、「ほんに、このように冷える処で、そうして御座って、御風邪(かぜ)など召すとわるい。どれ、私が夜のものをかけて進ぜましょう」と、云いながら、部屋の片隅(かたすみ)の押入から、夜具を取り下ろそうとしている。
 
 藤十郎は、最初足音を聞いた時、召使の者であろうと思ったので、彼は寝そべったまま、起き直ろうとはしなかった。が、それが意外にも、宗清の主人宗山清兵衛(むねやませいべえ)の女房お梶(かじ)であると知ると、彼は起き上って、一寸(ちょっと)居ずまいを正しながら、
「いやこれは、いかい御雑作じゃのう」と、会釈をした。
 
 お梶は、もう四十に近かったが、宮川町の歌妓(うたいめ)として、若い頃に嬌名(きょうめい)を謳(うた)われた面影が、そっくりと白い細面の顔に、ありありと残っている。浅黄絖(あさぎぬめ)の引(ひき)かえしに折びろうどの帯をしめ、薄色の絹足袋(きぬたび)をはいた年増(としま)姿は、又なく艶(えん)に美しかった。藤十郎は、昔から、お梶を知っている。若衆方の随一の美形と云われた藤十郎が美しいか、歌妓のお梶が美しいかと云う物争いは、二十年の昔には、四条の茶屋に遊ぶ大尽達の口に上った事さえある。その頃からの馴染(なじみ)である。が、藤十郎は、今までに、お梶の姿を心にとめて、見たこともない。ただ路傍の花に対するような、淡々たる一瞥(べつ)を与えていたに過ぎなかった。
 
 が、今宵(こよい)は、この人妻の姿が、云い知れぬ魅力を以(もっ)て、ぐんぐんと彼の眼の中に、迫って来るのを覚えた。密夫(みそかお)と云う彼にとっては、未(いま)だ踏んでみた事のない恋の領域の事を、この四五日、一心に思い詰めていた為だろう。今までは余り彼の念頭になかった人妻と云う女性の特別な種類が、彼の心に不思議な魅力を持ち始めて、今お梶の姿となって、ぐんぐん迫って来るように覚えた。
 
 藤十郎のお梶を見詰める眸(ひとみ)が、異常な興奮で、燃え始めたのは無論である。人妻であると云う道徳的な柵(しがらみ)が取払(とりはらわ)れて、その古木が却(かえ)って、彼の慾情を培(つちか)う、薪木(たきぎ)として投ぜられたようである。彼は、娘や後家や歌妓や遊女などに、相対した時には、かつふつ懐(いだ)いた事のないような、不思議な物狂わしい情熱が、彼の心と身体とを、沸々燃やし始めたのである。

        八

 藤十郎の心にそうした、物狂わしい風(ひょうふう)が起っていようとは、夢にも気付かないらしいお梶(かじ)は押入れから白絖(しろぬめ)の夜着(よぎ)を取出すと、藤十郎の背後に廻りながら、ふうわりと着せかけた。
 
 白鳥の胸毛か何かのように、暖い柔かい、夜着の感触を身体一面に味(あじわ)った時、藤十郎のお梶に対する異常な興奮は、危く爆発しようとした。が、彼の律義(りちぎ)な人格は、咄嗟(とっさ)に彼の慾情の妄動(もうどう)をきっぱりと、制し得たのである。藤十郎は、宗山清兵衛の事を考えた。また、貞淑と云う噂(うわさ)の高いお梶の事を考えた。そして自分が、今まで色事をしながらも、正しい道を踏み外(はず)さなかったと云う自分自身の誇を考えた。彼のお梶に対して懐いた嵐(あらし)のような激動は、忽(たちま)ち和(な)ぎ始めたのである。
 
 お梶は、平素(いつも)の通のお梶であった。彼女は夜着を着せてしまうと「さあ、お休みなされませ。彼方(あちら)へ行ったら女どもに、水など運ばせましょうわいな」と、愛想笑いを残して足早に部屋を出ようとした。その刹那(せつな)である。藤十郎の心にある悪魔的な思付がムラムラと湧(わ)いて来た。それは恋ではなかった。それは烈(はげ)しい慾情ではなかった。それは、恐ろしいほど冷めたい理性の思付であった。恋の場合には可なり臆病(おくびょう)であった藤十郎は、あたかも別人のように、先刻の興奮は、丸きり嘘であったかのように、冷静に、
「お梶どの、ちと待たせられい」と、呼び止めた。
「何ぞ、外に御用があってか」と、お梶は無邪気に、振り返った。剃(そ)り落とした眉毛(まゆげ)の後が青々と浮んで見える色白の美顔は、絹行燈(きぬあんどん)の灯影(ほかげ)を浴びて、ほんのりと艶(なま)めかしかった。
「ちと、御意を得たいことがある程に、坐ってたもらぬか」こう云いながら、藤十郎は、心持ち女の方へ膝(ひざ)をすすませた。
 
 お梶は、藤十郎の息込み方に、少し不安を、感じたのであろう。藤十郎には、余り近寄らないで、其処に置いてある絹行燈の蔭に、踞(うずく)まるように坐った。
「改まって何の用ぞいのうおほほほ」と、何気なく笑いながらも、稍(やや)面映(おもは)ゆげに藤十郎の顔を打ち仰いだ。藤十郎の声音(こわね)は、今までとは打って変って、低いけれども、然(しか)しながら力強い響を持っていた。
「お梶どの。別儀ではござらぬが、この藤十郎は、そなたに二十年来隠していた事がある。それを今宵は是非にも、聴いて貰(もら)いたいのじゃ。思い出せば、古いことじゃが、そなたが十六で、われらが二十(はたち)の秋じゃったが、祇園祭(ぎおんまつり)の折に、河原の掛小屋で二人一緒に、連舞(つれまい)を舞うたことを、よもや忘れはしやるまいなあ。われらが、そなたを見たのは、あの時が初めてじゃ。宮川町のお梶どのと云えば、いかに美しい若女形(わかおやま)でも、足下にも及ぶまいと、兼々(かねがね)人の噂(うわさ)に聴いていたが、そなたの美しさがよもあれ程であろうとは、夢にも思い及ばなかったのじゃ」と、こう云いながら、藤十郎はその大きい眼を半眼に閉じながら、美しかった青春の夢を、うっとりと追うているような眼付をするのであった。

        九

「その時からじゃ。そなたを、世にも稀(まれ)な美しい人じゃと、思い染めたのは」と、藤十郎は、お梶の方へ双膝(もろひざ)を進ませながら、必死の色を眸(ひとみ)に浮べて、こう云いきった。
 
 藤十郎に呼び止められた時から、ある不安な期待に、胸をとどろかせていたお梶は最初はこの美しい男の口から、自分達の華(はな)やかな青春の日の、想出話(おもいでばなし)を聴かされて、魅せられたように、ほのぼのと二つの頬(ほお)を薄紅に染めていたが、相手の言葉が、急な転回を示してからは、その顔の色は刹那に蒼(あお)ざめて、蹲くまっている華奢(きゃしゃ)な身体(からだ)は、わなわなと戦(おのの)き始めていた。
 
 藤十郎は、恋をする男とは、どうしても受取れぬ程の、澄んだ冷たい眼付で、顔さえ擡(もた)げ得ぬ女を刺し透(とお)す程に、鋭く見詰めていながら、声だけには、烈しい熱情に顫(ふる)えているような響を持たせて、
「そなたを見染めた当座は、折があらば云い寄ろうと、始終念じてはいたものの、若衆方の身は親方の掟(おきて)が厳(きび)しゅうて、寸時も心には委(まか)せぬ身体じゃ。ただ心は、焼くように思い焦(こが)れても、所詮(しょせん)は機(おり)を待つより外はないと、諦(あきら)めている内に、二十の声を聞くや聞かずに、そなたは清兵衛殿の思われ人となってしまわれた。その折のわれらが無念は、今思い出しても、この胸が張り裂くるようでおじゃるわ」こう云いながら、藤十郎は座にもえ堪(た)えぬような、巧みな身悶(みもだ)えをして見せたが、そうした恋を語りながらも、彼の二つの眸だけは、相変らず爛々(らんらん)たる冷たい光を放って、女の息づかいから容子(ようす)までを、恐ろしきまでに見詰めている。
 
 お梶の顔の色は、彼女の心の恐ろしい激動をさながらに、映し出していた。一旦蒼ざめきってしまった色が、反動的に段々薄赤くなると共に、その二つの眼には、熱病患者に見るような、直(すぐ)にも火が点(つ)きそうな凄(すさま)じい色を湛(たた)え始めた。
「人妻になったそなたを恋い慕うのは人間のする事ではないと、心で強(きつ)う制統しても、止まらぬは凡夫の想じゃ。そなたの噂(うわさ)を聴くにつけ、面影を見るにつけ、二十年のその間、そなたの事を忘れた日は、ただ一日もおじゃらぬわ」彼は、一語一語に、一句一句に巧な、今までの彼の舞台上の凡(すべ)ての演戯にも、打ち勝(まさ)った程の仕打を見せながら、しかも人妻をかき口説く、恐怖(おそれ)と不安とを交えながら、小鳥のように竦(すく)んでいる女の方へ、詰め寄せるのであった。
「が、この藤十郎も、人妻に恋をしかけるような非道な事は、なすまじいと、明暮燃え熾(さか)る心をじっと抑えて来たのじゃが、われらも今年四十五じゃ、人間の定命(じょうみょう)はもう近い。これ程の恋を――二十年来偲(しの)びに偲んだこれ程の想を、この世で一言も打ち明けいで、何時(いつ)の世誰にか語るべきと、思うに付けても、物狂わしゅうなるまでに、心が擾(みだ)れ申して、かくの有様じゃ。のう、お梶どの、藤十郎をあわれと思召(おぼしめ)さば、たった一言情ある言葉を、なあ……」と、藤十郎は狂うばかりに身悶えしながら、女の近くへ身をすり寄せている。ただ恋に狂うている筈(はず)の、彼の瞳(ひとみ)ばかりは、刃(やいば)のように澄みきっていた。
 
 余りの激動に堪(た)えかねたのであろう、お梶は、
「わっ」と、泣き俯(ふ)してしまった。

        一〇

 恐ろしい魔女が、その魅力の犠牲者を、見詰めるように、藤十郎は泣き俯したお梶を、じっと見詰めていた。彼の唇(くちびる)の辺には、凄(すさま)じい程の冷たい表情が浮んでいた。が、それにも拘(かかわ)らず、声と動作とは、恋に狂うた男に適(ふさわ)しい熱情を、持っている。
「のう、お梶どの。そなたは、この藤十郎の恋を、あわれとは思(おぼ)さぬか。二十年来、堪(た)え忍んで来た恋を、あわれとは思さぬか。さても、強(きつ)いお人じゃのう」こう云いながら、藤十郎は、相手の返事を待った。が、女はよよと、すすり泣いているばかりであった。
 
 灯(ひ)を慕って来た千鳥だろう。銀の鋏(はさみ)を使うような澄んだ声が、瀬音にも紛れず、手に取るように聞えて来る。女も藤十郎も、おし黙ったまま、暫(しばら)くは時刻(とき)が移った。
「藤十郎の切ない恋を、情(つれ)なくするとは、さても気強いお人じゃのう、舞台の上の色事では日本無双の藤十郎も、そなたにかかっては、たわいものう振られ申したわ」と藤十郎は、淋(さび)しげな苦笑を洩(もら)した。
 
 と、今まで泣き俯していた女は、ふと面(おもて)を上げた。
「藤様、今仰(おっしゃ)った事は、皆本心かいな」
 
 女の声は、消え入るようであった。その唇が微(かす)かに痙攣(けいれん)した。
「何の、てんごうを云うてなるものか、人妻に云い寄るからは、命を投げ出しての恋じゃ」と、いうかと思うと、藤十郎の顔も、さっと蒼白(そうはく)に変じてしまった。浮腰になっている彼の膝(ひざ)が、かすかに顫(ふる)いを帯び始めた。
 
 必死の覚悟を定めたらしいお梶は、火のような瞳で、男の顔を一目見ると、いきなり傍の絹行燈の灯を、フッと吹き消してしまった。
 
 恐ろしい沈黙が、其処(そこ)にあった。
 
 お梶は、身体中の毛髪が悉(ことごと)く逆立(さかだ)つような恐ろしさと、身体中の血潮が悉く湧(わ)き立つような情熱とで、男の近寄るのを待っていた。が、男の苦しそうな息遣(いきづか)いが、聞えるばかりで、相手は身動きもしないようであった。お梶も居竦んだまま、身体をわなわなと顫わせているばかりであった。
 
 突如、藤十郎の立ち上る気勢(けはい)がした。お梶は、今こそと覚悟を定めていた。が、男はお梶の傍を、影のようにすりぬけると、灯のない闇(やみ)を、手探りに廊下へ出たかと思うと、母屋の灯影を目的(めあて)に獣(けもの)のように、足速く走り去ってしまったのである。
        ×
 闇の中に取残されたお梶は、人間の女性が受けた最も皮肉な残酷な辱(はずか)しめを受けて、闇の中に石のように、突立っていた。
 
 悪戯(いたずら)としては、命取りの悪戯であった。侮辱としては、この世に二つとはあるまじい侮辱であった。が、お梶は、藤十郎からこれ程の悪戯や侮辱を受くる理由(いわれ)を、どうしても考え出せないのに苦しんだ。それと共に、この恐ろしい誘惑の為に、自分の操を捨てようとした――否、殆(ほとん)ど捨ててしまった罪の恐ろしさに、彼女は腸(はらわた)をずたずたに切られるようであった。

        一一

 酒宴の席に帰った藤十郎は、人間の面(かお)とは思えないほどの、凄(すさま)じい顔をしていた。が、彼は、勧められるままに大盃を五つ六つばかり飲み乾(ほ)すと、血走った眼に、切波千寿(きりなみせんじゅ)の方を向きながら、
「千寿どの安堵(あんど)めされい。藤十郎、この度(たび)の狂言の工夫が悉く成り申したわ」と云いながら、声高(こわだか)に笑って見せた。が、その声は、地獄の亡者(もうじゃ)の笑い声のようにしわがれた空(から)っぽな、気味の悪い声であった。
        ×
 弥生(やよい)朔日(ついたち)から、万太夫座では愈々(いよいよ)近松門左が書き下しの狂言の蓋(ふた)が開かれた。藤十郎の茂右衛門と切波千寿のおさんとの密夫(みそかお)の狂言は、恐ろしきまで真に迫って、洛中(らくちゅう)洛外の評判かまびすしく、正月から打ち続けて勝ち誇っていた山下座の中村七三郎の評判も、月の前の螢火(ほたるび)のように、見る影もなく消されてしまった。
 
 が、この興行の評判に連れて、京童(きょうわらべ)の口にこうした話(そうわ)が伝えられた。それは、『藤十郎殿は、この度の狂言の工夫には、ある茶屋の女房に偽って恋をしかけ、女が靡(なび)いて灯を吹き消す時、急いで逃(のが)れたとの事じゃが、さすがは三国一の名人の心掛だけある』と云う噂(うわさ)であった。
『偽にもせよ、藤十郎殿から恋をしかけられた女房も、三国一の果報者じゃ』と、艶(なま)めいた京の女達は、こう云い添えた。
 
 こうした噂までが、愈(いや)が上に、この狂言の人気を唆(そそ)った。
 
 来る日も、来る日も、潮(うしお)のような見物が明け方から万太夫座の周囲に渦を巻いていた。
 
 弥生の半ばであったろう。或朝、万太夫座の道具方が、楽屋の片隅(かたすみ)の梁(はり)に、縊(くび)れて死んだ中年の女を見出(みいだ)した。それは、紛れもなく宗清(むねせい)の女房お梶であった。お梶は、宗清とは屋続きの万太夫座に忍び入って、其処を最期の死場所と定めたのである。その死因に就(つい)ても、京童は色々に、口性(くちさが)ない噂を立てた。が誰人(たれ)も藤十郎の偽りの恋の相手が、貞淑の聞え高いお梶だとは思いも及ばなかった。
 
 ただ、お梶の死を聴いた藤十郎は、雷に打たれたように色を易(か)えた。が彼は心の中(うち)で、
『藤十郎の芸の為には、一人や二人の女の命は』と、幾度も力強く繰り返した。が、そう繰り返してみたものの、彼の心に出来た目に見えぬ深手は、折にふれ、時にふれ彼を苛(さいな)まずにはいなかった。
 
 お梶が、楽屋で縊れた事までが、万太夫座の人気を培(つちか)った。
 
 お梶が、死んで以来、藤十郎の茂右衛門の芸は、愈々冴(さ)えて行った。彼の瞳(ひとみ)は、人妻を奪う罪深い男の苦悩を、ありありと刻んでいた。彼がおさんと暗闇で手を引き合う時、密夫の恐怖と不安と、罪の怖(おそろ)しさとが、身体一杯に溢(あふ)れていた。
 
 其処には、藤十郎が茂右衛門か、茂右衛門が藤十郎か、何の差別もないようであった。恐らく藤十郎自身、人の女房に云い寄る恐ろしさを、肝に銘じていた為であろう。

夢十夜

夏目漱石

第一夜

 こんな夢を見た。
 腕組をして枕元に坐(すわ)っていると、仰向(あおむき)に寝た女が、静かな声でもう死にますと云う。女は長い髪を枕に敷いて、輪郭(りんかく)の柔(やわ)らかな瓜実(うりざね)顔(がお)をその中に横たえている。真白な頬の底に温かい血の色がほどよく差して、唇(くちびる)の色は無論赤い。とうてい死にそうには見えない。しかし女は静かな声で、もう死にますと判然(はっきり)云った。自分も確(たしか)にこれは死ぬなと思った。そこで、そうかね、もう死ぬのかね、と上から覗(のぞ)き込むようにして聞いて見た。死にますとも、と云いながら、女はぱっちりと眼を開(あ)けた。大きな潤(うるおい)のある眼で、長い睫(まつげ)に包まれた中は、ただ一面に真黒であった。その真黒な眸(ひとみ)の奥に、自分の姿が鮮(あざやか)に浮かんでいる。
 
 自分は透(す)き徹(とお)るほど深く見えるこの黒眼の色沢(つや)を眺めて、これでも死ぬのかと思った。それで、ねんごろに枕の傍(そば)へ口を付けて、死ぬんじゃなかろうね、大丈夫だろうね、とまた聞き返した。すると女は黒い眼を眠そうに(みはっ)たまま、やっぱり静かな声で、でも、死ぬんですもの、仕方がないわと云った。
 
 じゃ、私(わたし)の顔が見えるかいと一心(いっしん)に聞くと、見えるかいって、そら、そこに、写ってるじゃありませんかと、にこりと笑って見せた。自分は黙って、顔を枕から離した。腕組をしながら、どうしても死ぬのかなと思った。
 
 しばらくして、女がまたこう云った。
「死んだら、埋(う)めて下さい。大きな真珠貝で穴を掘って。そうして天から落ちて来る星の破片(かけ)を墓標(はかじるし)に置いて下さい。そうして墓の傍に待っていて下さい。また逢(あ)いに来ますから」
 
 自分は、いつ逢いに来るかねと聞いた。
「日が出るでしょう。それから日が沈むでしょう。それからまた出るでしょう、そうしてまた沈むでしょう。――赤い日が東から西へ、東から西へと落ちて行くうちに、――あなた、待っていられますか」
 
 自分は黙って首肯(うなず)いた。女は静かな調子を一段張り上げて、
「百年待っていて下さい」と思い切った声で云った。
「百年、私の墓の傍(そば)に坐って待っていて下さい。きっと逢いに来ますから」
 
 自分はただ待っていると答えた。すると、黒い眸(ひとみ)のなかに鮮(あざやか)に見えた自分の姿が、ぼうっと崩(くず)れて来た。静かな水が動いて写る影を乱したように、流れ出したと思ったら、女の眼がぱちりと閉じた。長い睫(まつげ)の間から涙が頬へ垂れた。――もう死んでいた。
 
 自分はそれから庭へ下りて、真珠貝で穴を掘った。真珠貝は大きな滑(なめら)かな縁(ふち)の鋭(する)どい貝であった。土をすくうたびに、貝の裏に月の光が差してきらきらした。湿(しめ)った土の匂(におい)もした。穴はしばらくして掘れた。女をその中に入れた。そうして柔らかい土を、上からそっと掛けた。掛けるたびに真珠貝の裏に月の光が差した。
 
 それから星の破片(かけ)の落ちたのを拾って来て、かろく土の上へ乗せた。星の破片は丸かった。長い間大空を落ちている間(ま)に、角(かど)が取れて滑(なめら)かになったんだろうと思った。抱(だ)き上(あ)げて土の上へ置くうちに、自分の胸と手が少し暖くなった。
 
 自分は苔(こけ)の上に坐った。これから百年の間こうして待っているんだなと考えながら、腕組をして、丸い墓石(はかいし)を眺めていた。そのうちに、女の云った通り日が東から出た。大きな赤い日であった。それがまた女の云った通り、やがて西へ落ちた。赤いまんまでのっと落ちて行った。一つと自分は勘定(かんじょう)した。
 
 しばらくするとまた唐紅(からくれない)の天道(てんとう)がのそりと上(のぼ)って来た。そうして黙って沈んでしまった。二つとまた勘定した。
 
 自分はこう云う風に一つ二つと勘定して行くうちに、赤い日をいくつ見たか分らない。勘定しても、勘定しても、しつくせないほど赤い日が頭の上を通り越して行った。それでも百年がまだ来ない。しまいには、苔(こけ)の生(は)えた丸い石を眺めて、自分は女に欺(だま)されたのではなかろうかと思い出した。
 
 すると石の下から斜(はす)に自分の方へ向いて青い茎(くき)が伸びて来た。見る間に長くなってちょうど自分の胸のあたりまで来て留まった。と思うと、すらりと揺(ゆら)ぐ茎(くき)の頂(いただき)に、心持首を傾(かたぶ)けていた細長い一輪の蕾(つぼみ)が、ふっくらと弁(はなびら)を開いた。真白な百合(ゆり)が鼻の先で骨に徹(こた)えるほど匂った。そこへ遥(はるか)の上から、ぽたりと露(つゆ)が落ちたので、花は自分の重みでふらふらと動いた。自分は首を前へ出して冷たい露の滴(したた)る、白い花弁(はなびら)に接吻(せっぷん)した。自分が百合から顔を離す拍子(ひょうし)に思わず、遠い空を見たら、暁(あかつき)の星がたった一つ瞬(またた)いていた。
「百年はもう来ていたんだな」とこの時始めて気がついた。



第二夜

 こんな夢を見た。
 
 和尚(おしょう)の室を退(さ)がって、廊下(ろうか)伝(づた)いに自分の部屋へ帰ると行灯(あんどう)がぼんやり点(とも)っている。片膝(かたひざ)を座蒲団(ざぶとん)の上に突いて、灯心を掻(か)き立てたとき、花のような丁子(ちょうじ)がぱたりと朱塗の台に落ちた。同時に部屋がぱっと明かるくなった。
 
 襖(ふすま)の画(え)は蕪村(ぶそん)の筆である。黒い柳を濃く薄く、遠近(おちこち)とかいて、寒(さ)むそうな漁夫が笠(かさ)を傾(かたぶ)けて土手の上を通る。床(とこ)には海中文殊(かいちゅうもんじゅ)の軸(じく)が懸(かか)っている。焚(た)き残した線香が暗い方でいまだに臭(にお)っている。広い寺だから森閑(しんかん)として、人気(ひとけ)がない。黒い天井(てんじょう)に差す丸行灯(まるあんどう)の丸い影が、仰向(あおむ)く途端(とたん)に生きてるように見えた。
 
 立膝(たてひざ)をしたまま、左の手で座蒲団(ざぶとん)を捲(めく)って、右を差し込んで見ると、思った所に、ちゃんとあった。あれば安心だから、蒲団をもとのごとく直(なお)して、その上にどっかり坐(すわ)った。
 
 お前は侍(さむらい)である。侍なら悟れぬはずはなかろうと和尚(おしょう)が云った。そういつまでも悟れぬところをもって見ると、御前は侍ではあるまいと言った。人間の屑(くず)じゃと言った。ははあ怒ったなと云って笑った。口惜(くや)しければ悟った証拠を持って来いと云ってぷいと向(むこう)をむいた。怪(け)しからん。
 
 隣の広間の床に据(す)えてある置時計が次の刻(とき)を打つまでには、きっと悟って見せる。悟った上で、今夜また入室(にゅうしつ)する。そうして和尚の首と悟りと引替(ひきかえ)にしてやる。悟らなければ、和尚の命が取れない。どうしても悟らなければならない。自分は侍である。
 
 もし悟れなければ自刃(じじん)する。侍が辱(はずか)しめられて、生きている訳には行かない。綺麗(きれい)に死んでしまう。
 
 こう考えた時、自分の手はまた思わず布団(ふとん)の下へ這入(はい)った。そうして朱鞘(しゅざや)の短刀を引(ひ)き摺(ず)り出した。ぐっと束(つか)を握って、赤い鞘を向へ払ったら、冷たい刃(は)が一度に暗い部屋で光った。凄(すご)いものが手元から、すうすうと逃げて行くように思われる。そうして、ことごとく切先(きっさき)へ集まって、殺気(さっき)を一点に籠(こ)めている。自分はこの鋭い刃が、無念にも針の頭のように縮(ちぢ)められて、九寸(くすん)五分(ごぶ)の先へ来てやむをえず尖(とが)ってるのを見て、たちまちぐさりとやりたくなった。身体(からだ)の血が右の手首の方へ流れて来て、握っている束がにちゃにちゃする。唇(くちびる)が顫(ふる)えた。
 
 短刀を鞘へ収めて右脇へ引きつけておいて、それから全伽(ぜんが)を組んだ。――趙州(じょうしゅう)曰く無(む)と。無とは何だ。糞坊主(くそぼうず)めとはがみをした。
 
 奥歯を強く咬(か)み締(し)めたので、鼻から熱い息が荒く出る。こめかみが釣って痛い。眼は普通の倍も大きく開けてやった。
 
 懸物(かけもの)が見える。行灯が見える。畳(たたみ)が見える。和尚の薬缶頭(やかんあたま)がありありと見える。鰐口(わにぐち)を開(あ)いて嘲笑(あざわら)った声まで聞える。怪(け)しからん坊主だ。どうしてもあの薬缶を首にしなくてはならん。悟ってやる。無だ、無だと舌の根で念じた。無だと云うのにやっぱり線香の香(におい)がした。何だ線香のくせに。
 
 自分はいきなり拳骨(げんこつ)を固めて自分の頭をいやと云うほど擲(なぐ)った。そうして奥歯をぎりぎりと噛(か)んだ。両腋(りょうわき)から汗が出る。背中が棒のようになった。膝(ひざ)の接目(つぎめ)が急に痛くなった。膝が折れたってどうあるものかと思った。けれども痛い。苦しい。無(む)はなかなか出て来ない。出て来ると思うとすぐ痛くなる。腹が立つ。無念になる。非常に口惜(くや)しくなる。涙がほろほろ出る。ひと思(おもい)に身を巨巌(おおいわ)の上にぶつけて、骨も肉もめちゃめちゃに砕(くだ)いてしまいたくなる。
 
 それでも我慢してじっと坐っていた。堪(た)えがたいほど切ないものを胸に盛(い)れて忍んでいた。その切ないものが身体(からだ)中の筋肉を下から持上げて、毛穴から外へ吹き出よう吹き出ようと焦(あせ)るけれども、どこも一面に塞(ふさ)がって、まるで出口がないような残刻極まる状態であった。
 
 そのうちに頭が変になった。行灯(あんどう)も蕪村(ぶそん)の画(え)も、畳も、違棚(ちがいだな)も有って無いような、無くって有るように見えた。と云って無(む)はちっとも現前(げんぜん)しない。ただ好加減(いいかげん)に坐っていたようである。ところへ忽然(こつぜん)隣座敷の時計がチーンと鳴り始めた。
 
 はっと思った。右の手をすぐ短刀にかけた。時計が二つ目をチーンと打った。



第三夜

 こんな夢を見た。
 
 六つになる子供を負(おぶ)ってる。たしかに自分の子である。ただ不思議な事にはいつの間にか眼が潰(つぶ)れて、青坊主(あおぼうず)になっている。自分が御前の眼はいつ潰れたのかいと聞くと、なに昔からさと答えた。声は子供の声に相違ないが、言葉つきはまるで大人(おとな)である。しかも対等(たいとう)だ。
 
 左右は青田(あおた)である。路(みち)は細い。鷺(さぎ)の影が時々闇(やみ)に差す。
「田圃(たんぼ)へかかったね」と背中で云った。
「どうして解る」と顔を後(うし)ろへ振り向けるようにして聞いたら、
「だって鷺(さぎ)が鳴くじゃないか」と答えた。
 
 すると鷺がはたして二声ほど鳴いた。
 
 自分は我子ながら少し怖(こわ)くなった。こんなものを背負(しょ)っていては、この先どうなるか分らない。どこか打遣(うっち)ゃる所はなかろうかと向うを見ると闇の中に大きな森が見えた。あすこならばと考え出す途端(とたん)に、背中で、
「ふふん」と云う声がした。
「何を笑うんだ」
 
 子供は返事をしなかった。ただ
「御父(おとっ)さん、重いかい」と聞いた。
「重かあない」と答えると
「今に重くなるよ」と云った。
 
 自分は黙って森を目標(めじるし)にあるいて行った。田の中の路が不規則にうねってなかなか思うように出られない。しばらくすると二股(ふたまた)になった。自分は股(また)の根に立って、ちょっと休んだ。
「石が立ってるはずだがな」と小僧が云った。
 
 なるほど八寸角の石が腰ほどの高さに立っている。表には左り日(ひ)ヶ窪(くぼ)、右堀田原(ほったはら)とある。闇(やみ)だのに赤い字が明(あきら)かに見えた。赤い字は井守(いもり)の腹のような色であった。
「左が好いだろう」と小僧が命令した。左を見るとさっきの森が闇の影を、高い空から自分らの頭の上へ抛(な)げかけていた。自分はちょっと躊躇(ちゅうちょ)した。
「遠慮しないでもいい」と小僧がまた云った。自分は仕方なしに森の方へ歩き出した。腹の中では、よく盲目(めくら)のくせに何でも知ってるなと考えながら一筋道を森へ近づいてくると、背中で、「どうも盲目は不自由でいけないね」と云った。
「だから負(おぶ)ってやるからいいじゃないか」
「負ぶって貰(もら)ってすまないが、どうも人に馬鹿にされていけない。親にまで馬鹿にされるからいけない」
 
 何だか厭(いや)になった。早く森へ行って捨ててしまおうと思って急いだ。
「もう少し行くと解る。――ちょうどこんな晩だったな」と背中で独言(ひとりごと)のように云っている。
「何が」と際(きわ)どい声を出して聞いた。
「何がって、知ってるじゃないか」と子供は嘲(あざ)けるように答えた。すると何だか知ってるような気がし出した。けれども判然(はっきり)とは分らない。ただこんな晩であったように思える。そうしてもう少し行けば分るように思える。分っては大変だから、分らないうちに早く捨ててしまって、安心しなくってはならないように思える。自分はますます足を早めた。
 
 雨はさっきから降っている。路はだんだん暗くなる。ほとんど夢中である。ただ背中に小さい小僧がくっついていて、その小僧が自分の過去、現在、未来をことごとく照して、寸分の事実も洩(も)らさない鏡のように光っている。しかもそれが自分の子である。そうして盲目である。自分はたまらなくなった。
「ここだ、ここだ。ちょうどその杉の根の処だ」
 
 雨の中で小僧の声は判然聞えた。自分は覚えず留った。いつしか森の中へ這入(はい)っていた。一間(いっけん)ばかり先にある黒いものはたしかに小僧の云う通り杉の木と見えた。
「御父(おとっ)さん、その杉の根の処だったね」
「うん、そうだ」と思わず答えてしまった。
「文化五年辰年(たつどし)だろう」
 なるほど文化五年辰年らしく思われた。
「御前がおれを殺したのは今からちょうど百年前だね」
 
 自分はこの言葉を聞くや否や、今から百年前文化五年の辰年のこんな闇の晩に、この杉の根で、一人の盲目を殺したと云う自覚が、忽然(こつぜん)として頭の中に起った。おれは人殺(ひとごろし)であったんだなと始めて気がついた途端(とたん)に、背中の子が急に石地蔵のように重くなった。
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