ビュリダンのロバ

ビュリダンのロバ

ビュリタンのロバという比喩がある。

『同じ質、同じ量の馬草(まぐさ)のちょうど中間に置かれたロバは、
 どちらを食べるべきか迷い、
 決断ができず
 最後には餓死する』という話である。

ビュリダンは
 14世紀のフランスの哲学者で、
 『自由意思の精神的決定論』を唱えた人。

彼は理性と意志の関係において
 『理性』が判断のために検討を必
要としている間、
 『意志』は待機しつづけることができると主張した。

それに反対を唱える多くの人達は、
 彼の理論を皮肉り、
 いつまでも判断できず結局餓死してしまう、
 というかわいそうなロバの比喩をつくりあげた。

※ビュリダンのロバといえば
 優柔不断な人物や
 ぐずぐずして煮え切らない人のことを指す

いつも忙しいも時間がないといっている人は
 ビュリダンのロバのように
 どうしようと悩んでいるうちに
 いたずらに時間が過ぎ去ってしまう結果になっている人である

思い悩むために
 時間を使っているので
 何かをしようと決心がついたときには
 もう残りの時間がなくなっている
 時すでに遅しである。

ビジネスの世界では
 思い悩む時間は許されない

一つの仕事において
 その背景や状況を調査・分析し
 将来の進展を予測するための時間は必要だ
やみともに突進するのではなく
 慎重な準備はしなくてはならない

しかしながら
 悩むのはよくない

思い悩む人は
 そのリスクを自分で読もうとしない人である
読もうとしないから
 リスクがどんのものか把握できない
リスクがわからないので思い悩む

したがって
 一歩も前に進むことができない
自分独りの力では前進できない

意思決定について責任を取りたくないと思っている
 誰か他の人に決定してもらいたいと考えている

初めから、思い悩んだりしないで
 自分で意思決定したら
 自分の定めて目標に向かって最善を尽くす

自分ができることに
 即座に着手すれば
 時間がないと不平を言う暇もなくなるのである。



ビュリダンのロバとは、

主に、
 心理学の分野で用いられている例え話。

おなかを空かせたロバが、
 左右2方向に道が分かれた辻に立っており、
 双方の道の先には、
 完全に同じ距離、同じ量の干草が置かれていた場合に、

 ロバは
  どちらの道も進まずに餓死してしまう、
  
という意思決定論を論ずる場合に引き合いに出される。

フランスの哲学者
 ジャン・ビュリダンが作った例え話とされているが、
 出典が定かではない。

解説 [編集]この場合、ロバには、

1.右の道を進み干草を食べる
2.左の道を進み干草を食べる
3.立ち止まったままで餓死する

3つの選択肢が考えられる。
 
3つ目の選択肢は
 他者に比べて明らかに痛みが大きいはずであるが、

 最初の2つにはいわゆる「選択の壁」があり、
  その壁が餓死という痛みよりも大きかったため、
  ロバは3つ目を選んだと想定される。

その意味で
 本件はこの「選択の壁」が如何に大きいか
 (時に「餓死」よりも大きい)を
 論ずるための例え話であると想定される。

「選択の壁」の正体としては
 いろいろ考えられる所であるが、
 例えば以下の2つが挙げられる。

1.選択を誤ったという痛み
 動物(時に人間。以下「人間」と記述)は、
 選択を行った場合、
 かなりの確率で
 「別の道が良かったのではないか」という、
 後悔・不安の念に駆られ、
 時にそれは大きな「痛み」となる。

 本件の場合、
  優劣を判定する因子が全くなかったのであるから、
  どちらかを選択した場合、
  この様な痛みが生じる可能性が高い事が想定される。

2.選択する因子の不在
 例えば、
  システムの場合、
  Aの場合⇒甲、
  Bの場合⇒乙、
  ”それ以外の場合”⇒甲、等と、
  必ず”それ以外の合”を設けるが、
 
 人間の場合、
  生物学的にそれが欠如・弱い、場合が多い。

 「如何なる場合でも、
  必ず選択の因子を探し出して選択せよ」
  という生きるための本能かもしれない。

 本件の場合、
  選択の因子を見つけられず、
  デッドロック状態 に陥った、と想定される。

 この因子は
  何でも良い。

 例えば、
  えさ台の色が右の方が好き、とか、
  一般に「左」よりも「右」の方が好き、
  とかでも構わないが、
  それらが一切ない場合に起こりうるケースである。

1,2を克服するために人間が編み出した方策としては、
 棒倒しや鉛筆ころがし等がある。

 「棒がこちらに倒れたから」とか
 「神のお告げがあったから」とかにより、
 
 1の痛みを和らげ、
  2の因子を作り出し、
  いわゆる「餓死」を避けるための方策であるが、

 ロバには
  この様な方策を編み出す能力がないため、
  という例え話になっている、と想定される。

また、
3つ目の選択肢には、
 最初の2つの選択肢と異なる点として「不作為」であることも特徴である。
 
 もし、
  仮に、3つ目の選択肢にも大きな壁があれば、
  ロバは最初の2つの選択肢のどちらかを選択する事もあっただろうが、
 「不作為」には
  大きな壁はなく選択しやすい、という特徴がある。

ただし、
本件はあくまで「不作為」が餓死という大きな痛みを伴う場合の例え話であり、
 場合によっては、
 結果的に「不作為」が一番痛みの少ない場合も存在するので、注意が必要である。
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杉玉

杉玉の由来

杉玉は、
 古くから酒屋の看板として知られていた。

もともとは
 杉の葉を束ねただけのものです。

元来、
 日本の酒造りの神様とされる
 大物主大神(おおものぬしのおおかみ)と
 少彦名神(すくなひこなのかみ)を祀る
 三輪明神・大神神社(おおみわじんじゃ)(奈良県桜井市)の神木である
 "杉"にちなんだものとされている。

後に、
 新酒ができたしるしにとして、
 造り酒屋や酒を商う店に掲げられるようになった

酒琳(さかばやし)とよばれる由来
 中国では酒屋の看板を「酒屋望子(ぼうし)」と言い、
 この"ぼうし"が"ばやし"と訛ったという新井白石の説。

また、
 酒の異名掃愁箒(そうしゅうそう)から
 「酒箒」が転訛したという説などがある。

毎年、
 新酒のできる頃掲げられる青々とした杉玉は、
 季節の移り変わりと共に色づいてくるが、
 それは、新酒の爽やかさから枯淡ともいえる古酒の味わいまで、
 四季折々に楽しめる日本酒の推移を教えてくれるものでもある。

おもしろいことには
 西欧でも、
 酒屋のシンボルとして酒林に似た
 毬松というものを飾っている酒蔵もあるという。

※いが(毬)日本国語大辞典
 栗の実を包むとげが密生した外皮。
 いが‐あたま【毬栗頭】

松尾様
「松尾様」とは、
 酒蔵で祀られているいわゆる"酒造りの神様"のことです。

蔵人が奉る「松尾様」と呼ばれる神様です。
 松尾様は、女神とされています。
 古来より酒蔵が女人禁制とされてのは、
 蔵に女性が入ると「松尾様」がヤキモチを焼いて酒を腐らせてしまうという
 言い伝えによるとも言われています。

ちなみに、
 日本で最も有名な酒造りの神様を祀っている神社として
 京都の「松尾大社」が挙げられます

ここでは
 祭神として大山咋神(おおやまくいのかみ)と呼ばれる
 農耕信仰の守護神と、
 宗像三女神の一人である市寸島比売命(いちきしまひめのみこと)と呼ばれる
 航海の女神が祀られています。

二神とも
 本来酒造とは
 直接関係無く、
 松尾大社の近くにある秦氏の氏寺に祀られていた
 「大酒神社」の酒造の神が、大山咋神と合祀されるようになったのが
 酒造の神様たる所以だそうです。

さらに蔵人が
 松尾大社に祀られている二神を合祀したことで、
 「松尾様」なる酒の女神となったようです。

酒蔵では、
 その年の酒造りに「松尾様」のご加護を願う風習として、
 杉の葉を束ね球状に造った
 杉玉(酒琳=さかばやし)を軒先に吊るします。

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