天声人語

2014年3月1日

天声人語バックナンバー天声人語ビューアー  「トンチンカン夫婦」という作品が愉快だ。91歳の夫は靴下を片足に2枚重ねてはき、もう片方がないと騒ぐ。84歳の妻は米の入っていない炊飯器にスイッチを入れる。〈おかげでさくばくたる老夫婦の暮らしに/笑いはたえずこれぞ天の恵みと〉

▼「おならは えらい」にもくすっとさせられる。なぜ偉いかというと〈でてきた とき/きちんと/あいさつ する〉からである。しかも〈せかいじゅうの/どこの だれにでも/わかる ことばで…〉

▼やさしさとユーモアに満ちた詩をたくさん残して、まど・みちおさんが亡くなった。享年104。童謡の「やぎさん ゆうびん」をはじめ、ひらがなばかりで書かれた多くの作品は、見た目を裏切る深みをたたえていた

▼小さなものに慈しみの目を向けた。蚊や毛虫、ビーズ、あかちゃん。それが、宇宙の無限や太古の悠久につながっているところに真骨頂があった。〈ああ/ほしが/カと まぎれるほどの/こんなに とおい ところで/わたしたちは いきている〉

▼「戦争協力詩」を書いたことがある。後に編んだ『全詩集』に、それをあえて収めた。懺悔(ざんげ)も謝罪も手遅れと思いつつ、当時の心情を誠実に分析し、あとがきに代えた

▼『人生処方詩集』で見られる自筆原稿は、なんとも天衣無縫だ。〈たのしみは? ―クーテネール〉と始まり、〈すきなさくは? ―オナラハエラーイ〉と続き、〈まだかくき? ―シンダラヤメール〉とくる。いま宇宙のどのあたりだろうか。
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「天声人語」

2014年2月26日02時02分

 詩人の長田弘(おさだひろし)さんに「ベルリンの本のない図書館」という作品がある。上からのぞき込むしかないその場所は〈誰も入れない、地下の、方形の部屋の、/四面はぜんぶ真っ白な本棚で、/本棚に本は一冊もない。〉▼図書館は実在する。1933年5月10日、ナチスは2万冊以上という書物を燃やした。非ドイツ的、退廃的などとみなしたマルクス、フロイト、ハイネ、ブレヒトらの著作を灰にした。「焚書(ふんしょ)」である。その現場に、本の受難の記憶をとどめるための不思議な空間がつくられた▼あのナチスの暴挙を思い起こす、という反応が出るのも不思議ではない。『アンネの日記』やそれにかかわる書籍が、次々と破られている。都内のあちこちの図書館で被害にあったのは300冊以上という。底知れぬ悪意が感じられ、戦慄(せんりつ)する▼ユダヤ人少女アンネ・フランクの日記は日本でも長く広く読み継がれてきた。第2次大戦中、迫害を逃れ、オランダで暮らした日々の記録は「世界記憶遺産」だ。人類が後世に伝えるべき史料としてフランスの人権宣言などと並ぶ▼こうした事件の発生は、その背景がどうであれ、日本に向けられる世界の視線に深刻な影響を与えるのではないか。それが心配だ。米国のユダヤ人人権団体は事件への「衝撃と強い懸念」を語っている▼〈本を自由に読むことは犯罪である〉。焚書に及んだナチスの狂気を、長田さんの詩句は突き刺す。いま、「図書館の自由」をなんとしてでも守らなければならない。

天声人語

2014年2月27日(木)付


天声人語バックナンバー天声人語ビューアー  言い古された金言を思い出した。「権力は腐敗する。絶対的な権力は絶対的に腐敗する」。この言葉を残した英国の歴史家アクトン卿は、偉大な人間はたいていは悪人であるともいっているらしい▼政治はやはり徹底して性悪説にたって観察すべきものか。ウクライナのヤヌコビッチ前大統領の「豪邸」の様子を見るといまさらながらそう思う。東京ドームの約30倍という敷地に大きな池。上空からの映像はさながら森の中のテーマパークだ▼動物園らしきものがあり、クジャクやらブタやら、いろいろいる。高級車やバイクが何台も並ぶ車庫がある。室内も、金色に輝くシャンデリアなどで豪華絢爛(けんらん)に飾られている。ただ、どこか悪趣味な感じが漂うのは、こちらの偏見か▼主の消えた「宮殿」は市民の観光名所になっているという。そういえば、かつてフィリピンのマラカニアン宮殿も、マルコス元大統領とイメルダ夫人の栄華の跡を見学できるようになっていた。夫人の膨大な靴のコレクションに権力の性をみた▼もっとも、人間は性悪だというのは正確な表現とはいえないと、政治学者の丸山真男はいっていた。人間とはじつは「取扱注意」の品物なのだという。〈善い方にも悪い方にも転び、状況によって天使になったり悪魔になったりする〉からである▼ともあれ腐敗した「悪い」権力を倒したウクライナの人々が、これからどんな新しい秩序をつくりだすのか。善い方に転ぶことを願うが、しばらくの間は取扱注意だろう。

天声人語

2014年2月22日(土)付

 数あるピアノ協奏曲のなかでも、ラフマニノフの2番の人気はゆるぎない。ロシア生まれの作曲家の、はりつめて詩情にみちた旋律は氷と雪のイメージに合うのか、銀盤の舞の定番の一つでもある。22年前のアルベールビル五輪では、伊藤みどりさんがこの曲を取り入れて銀を射止めた▼作曲前のラフマニノフは、落ち込んで筆も執れぬ状態だったという。交響曲1番が失敗作としてこっぴどく叩(たた)かれ、自信を喪失した。どん底から立ち直って紡ぎ上げたのがこの名曲だった。その旋律に乗って浅田真央選手はたたかった▼初日を終えて金姸児(キムヨナ)選手が首位なのはバンクーバーと変わらない。前回2位だった浅田さんはまさかの16位。落胆は察して余りある。しかし選んだ曲の誕生に重ねるように、失意から立ち上がり、見せてくれた自己最高点のフリーだった▼雨が降らなければ虹は出ない。前日の失敗という雨に降られたあと、見事に晴れて懸(か)かった虹に私たちの目も潤んだ。メダルの色を超えた、有終の七色である▼〈女子フィギュアの丸きおしりをみてありて しばしほのぼのと灯(とも)れり夫(つま)は〉と歌人の馬場あき子さんに一首ある。男性ばかりでない。男子フィギュア陣の活躍に「ほのぼのと灯った」女性もいたことだろう。いや、手に汗を握ったと言うべきか▼2週間前はどのページも真っ白だった冬季五輪物語ソチ編も、余白はだいぶ減ってきた。五輪の神様の鉛筆は、勝者と敗者を描き分けながら、眼差(まなざ)しはどちらにも温かい。

天声人語

天声人語 7月11日付7月10日付

以前、
 いじめ問題
 取材した小学校の先生は、
 
 担任するクラスを「海」にたとえた。

 教壇から毎日見ていると
  何でも分かったような気になってしまう。

でも
 見えているのは
 何十分の一にすぎない。


子どもの世界という
 広くて深い海の中で、
 何が起きているのか。
把握するのは
 本当に難しい、と

▼この先生は
 深刻な いじめに気づかずにいた


 だが気づいたあとが立派だった。

 いじめとは何か、
 なぜ
  いけないかを、
  時間をかけてクラスに浸透させた。

 いじめは
  許しませんという
  真っすぐな意思が、
  子どもの心に響いていった

▼ひるがえって
 大津市の場合である。

 中2男子の自殺をめぐり、
  教師は
  いじめを知っていたが
  「見て見ぬふりをしていた」と、
  複数の生徒が
  アンケートで答えていた

▼片や市教委は
 「担任は、
  廊下で
  プロレスの技を
  かけられたりするのを目撃したが、

  いじめの認識はなかった」と言う。

 「自殺の練習をさせられていた」
  など聞き捨てにできない情報も複数あったが、
  早々と調査を打ち切った。

 輪郭と真相はぼやけ、
 「事なかれ主義」といった批判も飛ぶ

▼少し救われるのは、
 全校生徒へのアンケートのいくつかの答えだ。

 「自分も見て見ぬふりをしていて、
  これも立派ないじめと気づいたときは、
  本当に申し訳なかった」。

 悔いはみんなの糧となろう

▼〈昭和にもイジメはあった
  同窓会の返信葉書に欠席と記す〉の一首を、

 何日か前の本紙栃木版で見た。

 誰ひとり幸せにしない行為である。

 許さぬ意思を分かち持ちたい。
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