中日春秋

2014年3月3日

 桃の節句である。「桃栗(くり)三年柿八年」は植えてから実を結ぶまでの期間を教えてくれるが、続きがある。大林宣彦監督作品の映画「時をかける少女」(一九八三年)の一場面を思い出す人もいるか

▼おひなさま飾りの前で子どもが歌っている。<桃栗三年柿八年 ユズは九年でなり下がる 梨のばかめは十八年>。異なる言い方もある。「二十四の瞳」などの作家壺井栄さんは求められると「桃栗」を好んで書いた。出身地小豆島の碑には「桃栗三年柿八年 柚(ゆず)の大馬鹿十八年」と、刻まれている

▼「梅は酸いとて十三年」「リンゴはニコニコ二十五年」ともいう。西洋リンゴが日本にやって来たのは明治期というから時間の経過の中、いろいろな植物が加わったのだろう

▼もちろんいずれも教えているのは栽培の知識に加えて努力やがまんの大切さであり、短慮への戒めである。成果を出すには一定の時間がかかる

▼逆に不吉な影は苦もなく大きくなっていくものだ。ウクライナ情勢が一気に緊迫している。数週間前の政争はあっという間にロシアが軍事介入の準備を進めるというところにまで進んでしまった。対立の種の成長は早く、憎悪の醜い花を咲かせ戦の実を結ぶのか

▼早期の沈静化を祈る。七日には、ソチでパラリンピックが開幕する。選手たちの辛抱を重ねた「桃栗」の歳月が吹き飛ぶような最悪の事態を心配する。
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中日春秋

2014年3月2日

 三月。カエルが鳴く季節はまだ先だが、カエルは他のカエルと鳴くタイミングをちょっとずらして、自分の声がかき消されないようにしているそうだ

▼理化学研究所脳科学総合研究センターなどの調査で分かった。間を取ることで自分の声を残し、縄張りを主張することができるという。これがカエルの合唱の正体のようだ

▼人間の中には己の考えを押し通そうと、人の意見をさえぎったり、強情に叫び続ける人もいるが、これはこれで疲れるし、恨みも残る。カエル式に人の意見を聞いた上で自分の意見を述べる。自分の意見を守りたいのであれば、こっちの方がよほど効果的だろう

▼別の「合唱」。電車の中で赤ん坊が泣いている。困った母親がこの子のお気に入りか「カエルの合唱」をささやくように歌いだした。<カエルの歌が聞こえてくるよ>

▼母親は何度も歌うが、泣きやまない。すると隣の女性がその小節を引き取って歌った。輪唱。その次は、向かいのサラリーマン。次は若い女性。気がつけば、車内にいた大勢の人が、赤ん坊のために「カエルの合唱」を輪唱している

▼作家で「いい話」を収集する志賀内(しがない)泰弘さん(54)に教えてもらった。古いイタリア映画のようでにわかに信じられなかったが、とげとげしい公共の空間も、ちょっとした機転と勇気で温かくなるものだろう。「人間の合唱」にも知恵がある。

中日春秋

2014年2月23日

 海は、さまざまな想像をかき立てる。果てしない水平線が広がるエメラルドブルーの海ともなれば、夢想と言ってもいいような思いすらわく。沖縄・辺野古の海は、そんな海だ

▼漁港の堤防の上を海に向かうと、先端に小さな祠(ほこら)がある。まつられているのは龍宮神。そこから先は、人魚伝説のモデルといわれるジュゴンやウミガメが泳ぐサンゴ礁の海が広がる

▼振り向けば、緑濃い丘が海辺まで迫り、砂浜が広がる。ここをリゾートにしたら、どんな楽園になるか。目を三角にしがちな近隣の首脳らもこの海を前にすれば、その目もまるくなるのではないか

▼だが現実には、一帯は米軍基地キャンプ・シュワブであり、日本政府は海を潰(つぶ)し滑走路を造ろうとしている。リゾートにするなど夢想なのだろう

▼「いや、それは夢物語ではない」と言う人がいる。沖縄で大手ホテルグループを率いる平良朝敬(たいらちょうけい)さんだ。平良さんは「辺野古の岬はリゾートとしてアジア屈指。アジアの楽園だ」と普天間飛行場の辺野古移設に反対し、キャンプ・シュワブの返還を求めている。「観光は平和産業。紛争のある所に観光客は来ますか、そこに楽園はありますか」

▼「美しい国へ」「日本を、取り戻す。」と謳(うた)う首相がなぜ、美しい海を米軍から取り戻すどころか、差し出そうとするのか。辺野古の海でいくら想像力を働かせても、分からなかった。

中日春秋

2014年2月25日

 「月光仮面」の月光は「月光菩薩(ぼさつ)」に由来するという。「日光菩薩」とともに薬師如来をお守りする。川内康範さん原作の「月光仮面」は一九五八(昭和三十三)年二月二十四日にテレビ放送が始まった

▼放映時間には銭湯から子どもが消えたという。コンセプトは和製「スーパーマン」。<どこの誰だか知らない>正義の味方である

▼ただし悪人といえども絶対に殺さぬ。悪い心の持ち主でも倒れた者がいれば、助け起こす。仏教の人だからである。「憎むな、殺すな、許しましょう」が番組のテーマだったという(『戦後生まれのヒーローたち』)

▼なるほど月光仮面は拳銃を使用するが、その目的は威嚇などに限定される。悪役の拳銃だけが月光仮面の射撃で弾(はじ)き飛ばされるシーンがよくあった。人を危(あや)めぬ寛容の人、許しの人である

▼ソチ冬季五輪の閉会式を見る。開会式で失敗をした。五輪マークの仕掛けが一部開かなかった。その失敗を閉会式であえて再現した。ミスを笑いに転じる演出。失敗した者へのいたわり、寛容の心を見る。気に病んでいた関係者はどんなに救われたことか

▼開会式での不完全な五輪マークが入ったTシャツがロシアで人気という。人間はやはり不完全な五輪の輪か。許しがなければ生きられぬ。そういえば、月光仮面のマークも三日月。「やがて完全な満月になる」。そんな理由だという。

中日春秋

2014年2月26日

 いくら寝不足でも、いい夢を見て目覚めると、心が軽い。日本でのテレビ観戦にはつらい時差のソチ五輪だったが、幸せな余韻を残してくれた。いい夢を忘れぬため、選手らの光る言葉をいま一度かみしめたい

▼ジャンプ男子団体で銅メダルの竹内択選手は五輪を前に病に襲われた。一時は寝たきりとなって、鍛えた体はぶよぶよに。それでも自分の可能性を信じて再始動した

▼その時のことを振り返って、「そんな中でも自分がこうやって身体を動かせてるだけで幸せな事なんだという実感はありました。好きな事してるんだよな~って。今までの僕とは明らかに日々の生活で抱く思いや捉え方が違っていました」。体力は落ちても、自分の心身と向き合う力を得たのだろう

▼フィギュアスケート女子八位の鈴木明子選手はかつて摂食障害にさいなまれ、ソチでは足の痛みに苦しんだ。「病気で滑れない時期があったので、それを思えばそれだけで幸せだなと思って…大げさですけど、生きてるなと思いました」

▼遅咲きだったからこそ「続けていくことで人生がより良くなると伝える役割もできたら」とも言う。そんな彼女を支え続けた母ケイ子さんの言葉を知り、鈴木選手の強さの理由が分かった気がした

▼「普通の子が五輪に行くことの大変さは、普通の子の親が一番分かる。スケートに生かされ、スケートで立派になった」
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