(206)「遊」

神様が自由に行動する
kanji206.gif

家族で行く旅。
 一人旅。
 出張(しゅっちょう)の旅。

たくさんの旅がありますが、
 子ども時代の旅は、
 いろいろな所で遊ぶことができるので楽しいですよね。

この
 「旅」という字と
 「遊ぶ」の
 「遊」の字、
 パッと見て、何となく似(に)ていませんか? 

これは「遊」から
 「(道の首を取る(シンニュウ)) (しんにゅう)」と
 「子」を除(のぞ)いた形が
 「旅」にもあるからです。

同じ形は
 「旗」や「族」にもあります。

その紹介(しょうかい)です。

これらに共通する字形は、
 吹(ふ)き流しをつけた旗竿(はたざお)のことです。
それに
 「子」を加えた形が「(遊のシンニュウを取る) (ゆう)」です。

この場合の
 「子」は
 人の意味で、「(遊のシンニュウを取る)」は
 吹き流しのついた旗竿を持つ人のことです。

この旗には、
 一族の霊(れい)が宿っていると考えられていました。


その旗をおしたてて行くことが
 「(遊のシンニュウを取る)」です。
この「(遊のシンニュウを取る)」が
 「遊」の元の字です。

その旗に宿る神様の霊が行くこと、
 気ままに行動することから
 「あそぶ」の意味となったのです。


それに行くことの意味の「(道の首を取る(シンニュウ))」を加えて
 「遊」という字になりました。

漢字学者の
白川静さんが一番好きな文字が、
 この「遊」でした。


その「遊」は
 神様が自由に行動するという意味でしたが、
 後に人間が心のおもむくままに行動して楽しむ意味となったのです。

「旅」の吹き流しのついた旗竿を除いた部分は
 「从(じゅう)」の字形です。

「从」は
 「人」の複数(ふくすう)形で
 「従(じゅう)」の旧字(きゅうじ)
 「從」などにもあります。

「旅」の場合は多くの人の意味。
つまり
 「旅」は先祖(せんぞ)の霊が宿る旗を掲(かか)げて、
 多くの人が出て行くことです。

でもこれは今の旅行のことではありません。
今でも軍の単位に「旅団(りょだん)」がありますが、
 この「旅」も軍隊・軍旅のことです。
戦争で旗を掲げて遠くに行くので「たび」の意味となりました。

「旗」は
 吹き流しに四角い旗をつけた「軍旗」です。
そういう先祖の霊を共有する一族を氏族といいます。
その氏族たちが
 「旗」の下で
 「矢」を折るしぐさをして、
 氏族の一員として誓(ちか)う文字が「族」です。
スポンサーサイト

(174)「番」

(174)「番」 

 獣の足のうらを表す


kanji174.gif


「己(き)」の字は糸巻(ま)きの形でした。そう思って見てみれば、「己」の周りにぐるぐると糸を巻きつけていけそうですね。


 その糸巻きの「巻(かん)」の字の旧字(きゅうじ)「卷」の上は「釆(べん)」と「廾(きょう)」を合わせた形。「釆」は爪(つめ)がついた獣(けもの)の手のひらの皮のことです。「廾」は両手のことで、爪のついた獣の 手のひらの皮を両手でぐるぐる巻くのが「巻」です。

 今回は、この「爪のついた獣の 手のひらの皮」である「釆」に関係する字を紹介(しょうかい)しましょう。この「釆」をふくむ字の代表は「当番」「番号」などに使う「番」です。

 「番」は「釆」と「田」を合わせた字です。この「田」は獣の手のひらの形です。つまり「番」は獣の足のうらを表している象形文字で、一歩一歩踏(ふ)み出す意味です。

 この「番」関係の字は意外と多いのです。「審(しん)」の「宀」は廟(みたまや)のこと。つまり「審」は廟に供(そな)える獣の手のひらの形です。廟へのお供えの獣には手のひらなどに傷(きず)があってはいけないので、綿密(めんみつ)に「審査(しんさ)」しました。そこから「審」が「つまびらか」となったのです。

 知りつくすことを「知悉(ちしつ)」と言います。この「悉」の「心」は動物の心臓(しんぞう)のことです。つまり「悉」は獣の爪で心臓までを破(やぶ)る意味の字です。そこから「ことごとく」の意味となりました。

 「翻意(ほんい)」などの「翻」にも「番」があります。「番」は獣の足うらのことなので、「番」をふくむ字には敏(びん)しょうで軽快(けいかい)なもの、ひらひらしたものの意味があります。「翻意」はひらひらと意志(いし)をひるがえすことです。

 「番」以外に一つだけ「釆」をふくむ字を紹介しましょう。「奥(おく)」という字です。でもこれは旧字「奧」でないと「釆」の関係がわかりません。

 旧字「奧」の元の字は「宀」「釆」「廾」を合わせた形です。つまり廟(宀)に両手(廾)で獣の手のひらの肉(釆)をお供えして祭る部屋の隅(すみ)を「奧」というのです。そこは家の中で一番神聖(しんせい)な場所でした。(共同通信編集委員 小山鉄郎)

(173)「巻」

(173)「巻」 

 両手で獣の皮を巻きこむ


kanji173.gif


「記」「紀」の中にある「己(き)」という文字は糸を巻(ま)き取る「糸巻き」の形です。そう言えば、この「糸巻き」の「巻」にも「己」がありますね。


 でも「巻」の旧字(きゅうじ)は「卷」ですので、「己」に従(したが)う文字ではありません。「巻」の「己」の部分は旧字「卷」では「氾(はん)」などの右側と同形で、これは「人が身を丸めてかがめた姿(すがた)」です。

 「卷」の上部は「釆(べん)」と「廾(きょう)」を合わせた形。「釆」は爪(つめ)がついた獣(けもの)の手のひらの皮です。「廾」は両方の手のこと。つまり「卷」は両手で獣の皮を「卷」の下部の字形のように巻きこむことを表しています。そこから「卷」に「まく、まがる」の意味があります。

 この「巻」に関係する字で、日ごろ目にするものに「大気圏(たいきけん)」などの「圏」があります。丸く囲われた範囲のことを「圏」と言い、もともとは牛や馬を養うための囲いのことでした。「大気圏」とは「大気の存在(そんざい)する範囲(はんい)」のことです。

 一度敗れた者が、再(ふたた)び勢(いきお)いを盛(も)り返してくることをいう四字熟語(じゅくご)に「捲土(けんど)重来」があります。「捲土」とは「土煙(つちけむり)を捲(ま)き上げること」。つまり「捲」は「巻」の動詞(どうし)形で「手でまく」ことです。

 夫婦(ふうふ)や恋人(こいびと)たちがお互(たが)いに飽(あ)きてわずらわしくなる時期のことを「倦怠期(けんたいき)」と言いますが、この「倦」は「人」と「卷」を合わせた形です。これは「人」が疲労(ひろう)して、身を丸めて休息する姿です。「うむ、おこたる」などの意味があります。

 小中学生には少し難しい言葉ですが、家族または親族のことを表す四字熟語に「一家眷属(けんぞく)」という言葉があります。

 この「眷」も「巻」の関連字です。上の部分が「卷」の省略(しょうりゃく)形で、それに「目」を加えた漢字です。つまり身を曲げて、振(ふ)り返ること。それを「眷」と言います。そのような姿勢(しせい)で心にかけて、愛し顧(かえり)みる人のことから、家族・親族を意味するようになったのです。「眷属」は「眷族」とも書きます。(共同通信編集委員 小山鉄郎)

(172)「起」

(172)「起」 

 頭もたげて進むヘビの姿


kanji172.gif


「己(こ)」と「巳(し)」。だれもが間違(まちが)えそうになる字の紹介(しょうかい)です。前回の「己」は「直角に屈折(くっせつ)した糸巻(ま)きのような器」のことでした。今回の「巳」は動物のヘビの形です。


 「巳」がヘビを表す字形だと知って、一番驚(おどろ)いたのは「起」です。現在(げんざい)の「起」は「己」の形ですが、旧字(きゅうじ)は「己」の部分が「巳」の字形です。

 「走」は「走り行く」意味。つまりヘビが頭をもたげて進む姿(すがた)です。その姿が人が起きて動く姿に似ているので「おきる」意味となりました。びっくりしますよね。

 お祭りの「祭祀(さいし)」の「祀」にも「巳」があります。この「巳」もヘビです。お祭りでは自分たちの祖先(そせん)を拝(おが)んだりすることが多いですが、この「祀」は先祖ではなく、自然の現象や事物を神として拝む祀(まつ)りです。

 これと近い意味を持つのが「王妃(おうひ)」の「妃」です。これも古代文字を見ると「己」が「巳」と同じヘビの形です。その「巳」は「祀」のことです。「妃」は元は「祀」である自然神に仕える女性の意味でした。神に仕えた「妃」が、後に王妃の呼称(こしょう)となったのです。

 もう一つ、ヘビを表している字と白川静さんが考えているのが「改(かい)」です。今の字形は「己」に「攵(ぼく)」を加えた字です。

 「攵」は木の枝(えだ)を手に持ち、何かを打つ姿です。「改」の古代文字を見ると左が「巳」の形。この「巳」はヘビの形をした「蠱(こ)」という虫で、呪(まじな)いに使われました。呪いをかけ、災(わざわ)いを加えようとする「巳」を、枝で打って、自分への災いを改(あらた)める儀式が「改」です。

 また左の縦(たて)の線が上につかない「已(い)」は「すでに、やめる」の意味の文字ですが、これも「巳」から分かれてできた文字ではないかと白川静さんは考えていました。

 紹介したように「己」「巳」「已」に関係する文字は昔と現代の形が入れ替(かわ)わっている文字もあります。まずは「己」は糸巻き、「巳」はヘビということだけは覚えておいてください。(共同通信編集委員 小山鉄郎)

(171)「紀」

(171)「紀」 

 順序正しく整え巻き取る


kanji171.gif


漢字を学ぶ人なら必ずつまずくのが「記事」などの「記」にある「己(こ)」と、お祭りの「祭祀(さいし)」の「祀」にある「巳(み)」の区別です。さらに左の縦線が上につかない「已(い)」という字まであります。


 古来、この三つの字形をどう区別して覚えるかということに、みな苦労してきたようです。

 「己」の音は「コ、キ」、意味は「おのれ」です。「巳」の音は「ミ」で蛇(へび)のこと。「已」は音が「イ」、意味は「やめる、すでに」です。今回はこのうちの「己」に関する文字について、まず紹介(しょうかい)したいと思います。

 「己」は古代文字も同じ形ですが、これは直角に曲がった定規(じょうぎ)のような器です。定規や糸巻(ま)きに用いたものです。

 この「己」を使って糸を巻き取ることを「紀」と言います。糸巻きに順序(じゅんじょ)正しく整えて巻き取るので「のり、おさめる」の意味となりました。

 また糸ばかりでなく、ちゃんと整理して「書きしるす」ことも「紀」と言います。その意味を言葉に移(うつ)して、順序よく整理してしるすことを「記」というのです。

 政治(せいじ)上の重要な規則(きそく)を「紀綱(きこう)」といいます。この「綱」は大づな、「紀」は小づなの意味です。

 もう一つ、「己」をふくむ文字を紹介すると、「忌(き)」がそうです。この「己」は定規・糸巻きではなく、人間がひざまずいて体を折り曲げている姿(すがた)のことです。

 そのような姿勢(しせい)でつつしんで神様に仕えている「心」や「思い」をいう字が「忌」です。

 日時、方向、行為、言葉などについて、さわりがあることを禁(きん)じるのを「禁忌」と言います。その禁忌を守りつつしむことを「忌(い)む」と言い、さわりのあることを忌み避けることから「忌まわしい」という意味にも発展(はってん)していきました。

 最後に「己」を「自己」など「おのれ」の意味に使うことについて説明しましょう。これは文字の音だけを借りて、別の意味を表す仮借(かしゃ)という用法です。(共同通信編集委員 小山鉄郎)
検索フォーム
最新記事
最新コメント
カテゴリ
リンク
FC2オンラインカウンター ここから --> 現在の閲覧者数: